第四章 輪廻を泳ぐ夜④
依然として蘇生し続ける集合体。
集合体自体にさほど難は無い。
あるとすればこのしつこさ。
「ジュノは……、ジュノは一体?」
フレイが考えた以上にジュノのアクションが遅い。
なにかしらのジュノの危機を察知して、身体が外に向かうも全力で集合体に阻まれる。
普段単調な思考しかないはずの敵が、だ。
「まさか、君たちは僕を嵌めたのか?」
フレイが騙されたと認識したのは、敵の狡猾さからではない。
ジュノがフレイを囮に何かしら目論んで、意図的にフレイから離れたことだろう。
事前に対策やある程度予測を立てて確実を取りに行く堅実タイプなのは明らかで、多少不服ながらもフレイは受け入れる他ない。
「悪いけどこれ以上、君たちの火遊びに付き合う気はないからね」
ジュノの敷いたレールで確実な勝利を手の内に握っていようとも、フレイは不安で押しつぶされそうだ。
一見完璧に見える作戦でも、相変わらずジュノの負担が過大なのだから。
そんな不服のフレイを煽るように、蘇生を続ける厄介な相手は怒りの底上げに一役買っていて、不運にもそれがフレイが内に閉じ込めていた強い殺気が目覚める合図となった。
〈グゴッッ……!〉
柔く肥大化した敵の一部を、特に頭頂部に近い部分を左手で鷲掴み、あろうことか物体を掴んだフレイ自身の左手に向かって容赦ない一撃を食らわせた。
「ぐぎゃぁぁあああぁぁああ? あ、ぁあ、ぁああ?」
あまりに想定外の一手がフレイの左手の犠牲の下、本元への攻撃を可能にしたようだ。
左手は酷く惨たらしい状態だが、身の毛もよだつ残酷な音を鳴らしながら回復を始める。
敵に関しては通常、感じるはずのない痛覚とそれによる苦痛にたじろぐも、この緊急事態に対する危機対応が追いつかない。
まるで身体の中で過激な派閥が出来たように、一つの身体で内戦らしきものまで勃発させたほどなのだから。多くの反感と恐怖が身体中にうごめいて、遂には身体の自由が利かなくなった。
余程フレイの反撃が衝撃的な出来事だったということが見て取れる。
それでもフレイは更なる大きな犠牲を払って、痛覚を植え付け続ける。
何度も、何度も、何度だって。
普段心優しく繊細なフレイが見せる非情さと残忍さには、どこか尊さと儚さを感じさせる。
そんなフレイの怒涛の反撃によって、万策尽きた集合体の命が消えて行く合図を見た。
一頻り痛覚を与えたあとの、ただでさえレバーのような軟体な体が更に柔らかくなり、ガラスを引っ掻くような五月蝿いだけの下品なオーケストラを奏でるような、鼓膜を揺らす甲高い雑音となって夜空に向かって弾け出し、音と共に肉体が泡のように消えていく過程を。
これは集合体の核が抹消された合図であり、同時にジュノの無事を知らせる証でもある。
「ジュノ? ……ジュノッ!」
他を寄せ付けない恐ろしい雰囲気を纏うまま、非情な行動を起こした紅塗りの怒りは目に見えて鎮火し、我に返った普段より優しく見える柔らかな白光は、この急な状況に対して若干、オロオロしながらも無我夢中でジュノを探し始める。
数多の集合体が空の藻屑となって跡形もなく消え去る様子を気に留めず、まるで集合体の存在は最初から無かったかのように。
「ジュノぉおッ!」
この周辺のどこかにいるジュノとステラを懸命に探すものの、どこを重点的に探せばいいか判断に困るのが今の現状。
集合体が消えたことで無事だけは認識出来ても、あの相性の悪いアイリーンをたった一人でどう撃退させたのかなどの、不可解な点が多々あるのだ。
この暗い空間を注力しながら一周、高い視力で見渡すものの、敵が消えたことを示す灰のような藻屑も発見できず、ただただ途方に暮れる。どうやら確認が今一歩遅かったようだ。
そんな意気消沈するフレイに、救世主が現れた。突然肩によじ登ったジェームスの存在だ。
「ジェームスッ! 傍にいてくれてたんだね、気が付かなくてごめんね!」
この場から離れる際にジュノが忍ばせていたのだろう。フレイと集合体との激戦によって遠くに吹き飛ばされた影響で、帰ってくるのに時間が掛かったと身振り手振りで伝えてくれる。
「そっか、本当にごめんね。……とても悪かったと思っているよ」
自身のせいで大変な目に遭わせたことから、ジェームスへの謝罪を続けた。ジュノのことも大切だが、懸命に努力してくれたジェームスが無害であることもフレイを安堵させるのだ。
そんなフレイにジュノの現在の居場所がジェームスによって示される。
「ジュノの所へ案内してくれるの? ありがとう」
ジェームスが示した場所は真向いの高層ビル。
再び振り落とさないようジェームスを両手で丁寧に覆いながら、一匹と一人は仲良く目の前のビルへ高い跳躍で軽々と、誰にも気づかれることなく向かいの高層ビルに辿り着く。
「あ、じゅ、……ッ?」
黒塗りのジュノの姿が視界に入った瞬間の安堵は、瞬く間に混乱に一転する。
フレイの知る限り、到底あり得ない組み合わせを目撃した事で、大きな驚きと共に呆気に取られたからだ。
「君ッ! な、なんでこんな所に? どうして? じゅ、ジュノ?」
驚きと困惑で頭がこんがらがるフレイに、『君』と呼ばれた人物がここで初めて口を開く。
「やぁ、少年! ……だよな? 声が。どうだ、あの土産は気に入ってくれたか?」
あまりに嫌見たらしい物言いで、フレイをからかうあの拳銃男。
忘れられるはずがないものを冗談交じりで、しかもあの行為を《土産》と言い放った男は、きっとデリカシーが皆無なのだろう。大惨事では済まされない程の行動を、今になって怪訝そうな表情と態度で表した。
「ジュノ、どうしてこの男と?」
「それは……、」
「俺があのバケモンの心臓と項部を狙って撃退したんだぜ! バンッ、バンッ、てなっ!」
ため息交じりで事の経緯を話そうするジュノの言葉を押さえて、得意げな男が堂々と加わる。
右手に創られた拳銃をあちこち撃つ動作と共に、場違いなユーモアまで交えながら。
「一発目はあのバケモンにお見舞いだ! 二発目はこの黒いねーちゃんがサインを出したのさ」
「えっ! あのアイリーンをたった二発で撃退って? それってまさか……ッ」
「そうだ、当然実弾じゃない。俺の血液に少々ひねりを加えた完全オリジナルだぜッ!」
人差し指をフレイに差し出して、左右にチチチッと揺らして自身の凄みを伝える。
今回この男の未知数な能力により、故意に遺伝子強化させた白血球と赤血球を仕込んだ砲弾で、アイリーンが憑依した肉体が男の抗原に制圧されて、使い物にならなくなったようだ。
アイリーンが保菌者ならば、この男の血液が抗菌薬のような効能を持つことで、相性の悪さが原因となり、肉体の留まる事が出来ず、アイリーンは強制的に排除されざる得なかった。
「じゃあジュノ、君がこの男に項部、つまりは〈うなじ〉を狙撃する意を伝えた理由は一体?」
「……仮に私一人を相手に想定したとして、安全そうな背面が採用されるのは分かるわよね。それに加えてアイリーン自身がステラ本人であると信じて疑わないなら、一番有意義になれる箇所となれば的は絞れるわ。それよりも、今回事前に手術まで施していたのが問題ね。あの集合体の核の液状化まで成功させていたのを確認したわ。相変わらず、血も涙もない漢よ」
それは事前にアイリーンが憑依対象を捕えてメスまで入れて、この日のために備えていたという事実に尽きる。
集合体の核を元素まで書き換え、生贄にされた人間の項部に核を注入させて一体化を可能にしていた事から、この悪質さと鬼畜さには目を覆いたくもなるもの。
「貴方が参戦してなければ、私は今この世にいなかったでしょうね。で? 貴方は何が目的で私たちを助けたのかしら? 何らかの報酬が欲しくて協力してきたのは分かっているのよ」
ジュノには勝利を引き寄せた男の期待に応えるための、要望を聞く準備が揃っている。
「報酬? 当たり前だ、俺は意味なく面倒事に首を突っ込むような偽善者じゃなくてね。先ずはそうだな、俺たちに刻まれている数字の意味はなんだ? あの黒幕のバケモンと言い、人間が化物に変わる経緯とその境界線、そして敵は一体どれほどの規模と数を得ている?」
ニヤリと片方の口角を上げながら吐く嫌味な発言はさておき、この男は同じ祝福を持つ数少ない同胞。質問の内容も一度は辿り着くだろう妥当な疑問だ。
一度つばの悪い表情で考え出すと、何か降参するかのように溜息をついたジュノ。
「答えれば満足するのかしら?」
「……そう思いたい」
「そう、良いわ。答えましょう」
この一言は内に秘める真実を浮き彫りに、男の期待がジュノの肩に重く圧し掛かる。
フレイの心配そうな視線も受けながら、一瞬で黒塗りから子供に戻ると、吹き荒れる風が髪の間を通り抜けて、揺れる着物が気品と妖艶さを醸し出す環境下、ジュノは事の真相に触れた。




