第七話 赦されない決断
埋葬は、簡素だった。
戦場では、それが慈悲だった。
長い祈りも、花も、涙を流す時間すらない。
リシアの遺体は白布に包まれ、名もない丘に運ばれた。
雨は止み、空は異様なほど澄んでいる。
「……弔いは終わりだ」
誰かがそう言った。
アルトは、動かなかった。
剣を地面に突き立て、ただ立ち尽くしている。
視線は、土の盛り上がり――リシアが「いた」場所から外れない。
彼女は、もう「いない」。
それだけの事実が、脳に定着しなかった。
「隊長……」
若い兵士が、恐る恐る声を掛ける。
「次の命令を」
その言葉で、アルトはようやく顔を上げた。
目は、濁っていた。
「……敵の本隊は?」
「谷の向こうです。
民間人の避難が、まだ――」
「遮断しろ」
一瞬、空気が凍った。
「……え?」
「谷を封鎖する。
出入りする者は、すべて敵とみなす」
兵士たちが、ざわめく。
「で、ですが……徴発民や、子供も――」
アルトは、静かに言った。
「敵は、その中に紛れている」
それは、かつて自分が否定した言葉だった。
だが今は、違う。
そう思わなければ――立っていられなかった。
「躊躇すれば、また誰かが前に出る。
……次は、誰が死ぬ?」
誰も答えられない。
「命令だ」
その声に、感情はなかった。
兵士たちは、敬礼し、散っていく。
恐怖と疑念を抱えたまま。
背後から、拍手が聞こえた。
「見事だな」
ヴァルドだった。
捕虜として再び拘束されていたが、アルトの許可で連れてこられている。
「それが“現実”だ。
ようやく、同じ地平に立った」
「黙れ」
「リシアは、優しすぎた。
だから死んだ」
その瞬間――
アルトは、ヴァルドを殴っていた。
鈍い音。
地面に倒れる敵将。
「彼女を、理由にするな」
ヴァルドは、血を吐きながら笑った。
「だが、お前は今、彼女なら絶対に選ばない命令を出した」
アルトの拳が、震える。
「……俺は、失敗した」
声は低く、重い。
「だから今度は、失敗しない方法を選ぶ」
「それは――」
「人を殺す方法だ」
アルトは、そう言い切った。
夕刻。
谷の出口で、最初の難民の一団が現れた。
老人。
女。
子供。
兵士たちは、動けなかった。
「止まれ!」
叫び声が、空に響く。
混乱が起きる。
誰かが走り、誰かが泣き、誰かが叫ぶ。
その時――
人影が、難民の中から飛び出した。
刃。
一直線に、アルトへ。
反射的に、剣を振る。
手応え。
倒れたのは――
少年だった。
年は、十かそこら。
手にしていたのは、粗末な短剣。
体には、粗末な服。
少年は、息絶える前に、何かを呟いた。
「……あね……」
その言葉が、耳に残る。
周囲が、騒然となる。
「敵だ! 本当に紛れていた!」
「だから言ったんだ……!」
アルトは、剣を下ろさなかった。
少年の血が、刃を伝い、地面に落ちる。
その色は、
リシアの血と、同じだった。
この瞬間、アルトは理解した。
自分はもう、
戻れない。
正義のためではない。
守るためでもない。
――恐怖を、恐怖で押さえつけるために。
――失ったものを、正当化するために。
それでも、彼は命令を撤回しなかった。
その夜、谷は閉ざされ、
多くの声が、二度と外に出ることはなかった。
英雄は、この日、完全に死んだ。
だが――
戦争は、彼を必要としていた。




