第四話「正義の値段」
村の外れに広がる焦げ跡は、まだ熱を残していた。
焼けた木材の匂いと、血の鉄臭さが混ざり合い、肺の奥にまとわりつく。
アルトはその中心に立ち尽くしていた。
「……やりすぎた」
自分の声が、他人のもののように遠く聞こえる。
昨夜、彼は「魔族の斥候」と判断した一団を迎撃した。
数は少なく、装備も貧弱。
だが“敵”だと決めつけるには十分だった。
――角があった。
――人語を話さなかった。
――そして、この辺りは魔族領に近い。
それだけで、剣を振る理由には足りたはずだった。
だが、倒れ伏す死体の中に、子どものものと思われる小さな手が混じっていた。
「アルト……」
背後から、リシアの声がした。
震えている。怒りではない。恐怖だ。
「彼らは……本当に魔族だったの?」
アルトは答えられなかった。
死体の一人が、胸に巻きつけていた革袋。
中には、干し肉と、木製の玩具が入っていた。
粗末だが、誰かを喜ばせるために作られたものだ。
「……避難民、だったのかもしれない」
そう口にした瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちた。
⸻
その時、焦げ跡の向こうから拍手が聞こえた。
「素晴らしい判断だ、人間」
現れたのは、黒い外套を纏った魔族の男だった。
鋭い眼光。だが、その顔には怒りよりも――哀れみが浮かんでいる。
「お前は、我々の“弱者”を完璧に排除した」
アルトは剣を構えた。
「黙れ。次はお前だ」
「違うな」
男は静かに首を振る。
「彼らは戦えぬ者。
我々の軍から見捨てられ、それでも人間領へ逃げるしかなかった者たちだ」
リシアが息を呑む。
「魔族にも……捨てられる者がいるの?」
男は頷いた。
「力なき者は、どこでも同じだ。
お前たち人間が“魔族狩り”を正義と呼ぶように、
我々もまた“弱者切り捨て”を秩序と呼ぶ」
アルトの手が震えた。
「……じゃあ、俺は何だ」
男はアルトを真っ直ぐ見据えた。
「同じだ。
正義を信じ、境界を誤り、剣を振るっただけの存在だ」
そう言い残し、男は闇へ溶けるように消えた。
追うことは出来なかった。
追う資格が、もうなかった。
⸻
夜。
焚き火の前で、リシアがぽつりと言った。
「アルトは……悪い人じゃない」
その言葉が、なぜか一番きつかった。
「でも」
彼女は続ける。
「間違えると、人はこんなに簡単に誰かを殺せるんだね」
アルトは答えなかった。
答えられる言葉を、もう持っていなかった。
焚き火の火が、死体の影を揺らす。
それはまるで、彼自身の罪が形を持ったかのようだった。
この世界で――
力を持つ者が間違えた時、救われないのは弱者だ。
そして今夜、アルトはその現実を、剣で刻み込んでしまった。
物語は、まだ始まったばかりなのに。




