第二話:力の価値、命の重さ
石畳に染み込んだ血は、雨が降っても簡単には消えなかった。
アルトはその血痕から目を逸らし、拳を強く握りしめる。
昨日まで同じ路地で笑っていた浮浪児の少年が、今朝はもう動かない。
――魔族混血。
それだけで、殺される理由になる世界。
「……これが、俺が来た世界か」
転生した当初、アルトはこの世界を“ゲームに近い異世界”だと思っていた。
ステータス、スキル、レベル。
自分には【解析】と【適応進化】という反則じみた能力が与えられている。
だが、この死体を前にして、そんな考えは音を立てて崩れ落ちた。
命は軽い。
差別は日常。
そして――力を持つ者ほど、驕りやすい。
「おい、そこのガキ」
低い声が背後からかかる。
振り向くと、傭兵風の男が三人。革鎧、血の匂い、そして歪んだ笑み。
「その死体、知り合いか?」
「……違う」
嘘ではない。だが真実でもない。
「ならいい。魔族のゴミが一匹減っただけだ」
男の一人が、死体を蹴った。
瞬間、アルトの中で何かが切れた。
【解析】が自動で発動する。
相手の筋力、反応速度、魔力量――すべてが数値として流れ込む。
(強くない。三人まとめても、今の俺なら……)
アルトは一歩踏み出しかけ、そして止まった。
――調子に乗るな。
――相手の力量を見誤るな。
数値は“現在”しか示さない。
背後に仲間はいないか?
ここで騒げば、街の治安兵が来る可能性は?
勝てるかどうかと、生き残れるかどうかは別問題だ。
「チッ、気味の悪い目だな」
男が剣に手をかける。
その瞬間、路地の奥から声が響いた。
「そこまでにしなさい」
現れたのは、白銀の鎧を着た女騎士だった。
背筋は真っ直ぐ、視線は鋭く、そして――圧倒的な“格”がある。
【解析】が、警告音のように頭を叩く。
――危険。
――現在の勝率:生存率3%以下。
(……なるほど。これが“本物”か)
傭兵たちは一瞬で態度を変え、逃げるように去っていった。
女騎士は死体を見下ろし、短く息を吐く。
「また……間に合わなかったか」
その呟きは、意外なほど人間味に満ちていた。
「君、名前は?」
「アルトです」
「そう。私は王都騎士団のリシア。
……この街で生きるなら、覚えておきなさい」
彼女はアルトの目をまっすぐ見た。
「力を持つ者が正しいとは限らない。
でも、力を持たない者は、簡単に踏み潰される」
アルトは黙って頷いた。
――差別はいけない。
――だが、理想だけでは誰も救えない。
この世界で生きるには、力がいる。
しかし、その力をどう使うかで、人は“怪物”にも“人間”にもなる。
アルトは死体に向かって、静かに祈りを捧げた。
「……俺は、間違えない」
その誓いが、いつか破られる可能性を知りながら。




