第十一話 「見捨てられた者の名」
夜明け前の空は、まだ色を決めかねているようだった。
灰色と群青が混ざり合い、どちらにも転ばない曖昧な光が、瓦礫の街を包んでいる。
アルトは膝をつき、荒い呼吸を整えながら剣を地面に突き立てていた。
刃には血が残り、乾ききらないまま鈍く光っている。
「……これで、終わりか」
敵は倒れた。
真実の欠片――王都が隠していた“禁制の実験”と、それを正当化するために切り捨てられた地方都市の存在――も、確かに掴んだ。
だが、勝利の実感はなかった。
通信石を握る指に、微かな震えが走る。
つい先ほどまで繋がっていたはずの王都からの回線は、完全に沈黙していた。
アルトは、嫌な予感を振り払うように石に魔力を流し込む。
「こちらアルト。状況は制圧完了。証拠も確保した。応答を――」
返事はない。
代わりに、通信石が淡く赤く光った。
それは受信ではなく、一方的な通知を意味する色だった。
王都評議会決定事項
特別行動官アルトを、
本日付で反逆者と認定する
一行ずつ、冷たい文字が空中に浮かぶ。
理由:
・命令違反
・王都秩序への重大な脅威
・情報漏洩の危険性
「……はは」
乾いた笑いが、喉から漏れた。
なお、当該人物への救援・接触を禁ずる
これより先の生死は、王都の関知するところではない
通知はそこで途切れ、通信石は完全に沈黙した。
アルトはゆっくりと立ち上がる。
足元には、彼が守ろうとした街の人々の痕跡が残っている。
壊れた家、焼けた旗、そして――逃げ遅れた者たちの影。
「最初から、こうなる予定だったんだな」
王都は真実を必要としていなかった。
必要だったのは、真実を見た者を消す理由だけだ。
背後で、瓦礫が崩れる音がした。
「……やっぱり、切られたか」
現れたのは、かつての協力者――情報屋の女だった。
彼女は肩をすくめ、苦笑する。
「王都の動き、早すぎる。
あんたが証拠を掴んだ瞬間に、もう“処理対象”だったんだろうね」
アルトは答えなかった。
代わりに、剣を拾い上げ、鞘に納める。
「……俺は、どうなる」
「どうもならないよ」
女ははっきり言った。
「もう“アルト”は死んだ。
王都にとってはね」
一瞬の沈黙。
風が吹き、瓦礫の埃が舞い上がる。
「でもさ」
女はアルトを見据え、静かに続けた。
「王都の外では違う。
あんたは“真実を知って、なお生きている男”だ」
アルトの胸の奥で、何かが静かに燃え始める。
守るために剣を取った。
信じるために命令に従った。
その結果が、これだ。
「……なら」
彼は顔を上げ、夜明けの空を見た。
「俺は、王都の名前を捨てる」
女は、少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。
「いい顔になったじゃない」
アルトは一歩、瓦礫の街から外へ踏み出す。
王都に捨てられた者。
だが、真実に選ばれた者。
その名が、やがて
王都を最も恐れさせる名前になることを、
この時、まだ誰も知らなかった。




