第十話 切り捨ての温度
王都は、静かだった。
戦況報告は連戦連勝。
街路には勝利を祝う布が飾られ、吟遊詩人は英雄の名を歌う。
――アルト。
リシアの名を背負い、敵を退け続ける若き将。
だが、城の奥では、
別の報告書が回っていた。
「……数字が合わないな」
宰相が、紙束を机に落とす。
「村の人口と、殲滅数が一致しない。
敵兵の数としては、多すぎる」
「前線の混乱でしょう」
軍務卿が、表情を変えずに答える。
「英雄の戦場では、多少の誤差は――」
「誤差ではない」
宰相は、別の書類を差し出した。
「この証言。
“指揮官自ら、自軍兵を斬った”とある」
室内の空気が、わずかに冷える。
「……信憑性は?」
「複数。
しかも、口裏を合わせた形跡がない」
沈黙。
王が、ゆっくりと口を開いた。
「アルトは……危ういか?」
誰も即答しなかった。
やがて、宰相が言う。
「英雄としては、優秀です。
ですが――国家の器ではない」
その言葉で、結論は出た。
「切り捨ての準備を」
王の声は、淡々としていた。
「今ではない。
だが、いずれ必ず」
その日、命令は三つ出された。
一つ。
アルトの戦果を、過剰に喧伝すること。
一つ。
彼の周囲に、監視役を増やすこと。
一つ。
失敗した場合の代替英雄を用意すること。
英雄は、盾でもあり、
捨て駒でもある。
⸻
前線。
アルトは、異変を感じ取っていた。
補給が、遅い。
伝令の言葉が、曖昧だ。
王都からの書簡は、称賛ばかりで、中身がない。
「……来るな」
そう呟いた時、
使者が新たな命令を持って現れた。
「次の戦いですが――
単独での強行突破を」
地図を見る。
敵の防衛線は厚い。
正面突破は、損害が大きすぎる。
「支援は?」
「ありません」
即答だった。
「英雄殿なら、可能だと」
アルトは、紙を握り潰した。
――失敗すれば、責任は全て自分。
――成功すれば、国の手柄。
あまりにも、分かりやすい。
その夜、ヴァルドが静かに言った。
「始まったな」
「……王都か」
「ああ。
お前は、使い潰される」
アルトは、笑った。
「今さらだ」
「違う」
ヴァルドは、低く続ける。
「これは、生き残るか、消されるかの段階だ」
「逃げろと言うのか」
「逃げ場は、ない」
ヴァルドは、アルトを真っ直ぐ見た。
「だが――
王都が最も恐れる形なら、ある」
「何だ」
「英雄が、
国家の嘘を知っていることだ」
アルトの胸が、重く鳴る。
「証拠は?」
「作れる」
ヴァルドは、薄く笑った。
「お前が既に背負っている罪と、
王都が隠している真実を繋げればいい」
沈黙。
アルトは、剣に手を置いた。
それは、
守るための剣ではない。
逃げるためでもない。
「……やるしかないな」
「ようやく、同じ場所に立った」
ヴァルドは言った。
「英雄でも、駒でもない。
厄介な存在として」
遠くで、角笛が鳴る。
次の戦いが、始まる合図だ。
アルトは立ち上がる。
この戦いは、
敵国のためでも、王のためでもない。
――自分が、切り捨てられないための戦いだ。




