婚約破棄されたので、王宮特別裁判所に調停を申し立てたら、まさかの「大岡裁き」がくだされました。
数ある作品からお選び頂きありがとうございます。
私には確証はなかったが、この既視感には覚えがあった。
街並み、家族、見るもの全てが、前世でやり込んだ乙女ゲーム『白亜の学園〜心の行方〜』そのものだ。
ただし、今はゲーム開始の3年前。
目の前の優しき父と兄は、本来のシナリオ通りなら私が断罪された後、連座で処刑台の露と消える運命にある。
「お二人のためにも、私は決して悪役令嬢になどなりません。善行を積み、生存ルートを勝ち取ります!」
私は伯爵令嬢カモミール。王太子の婚約者。
問題児である王太子とは既に疎遠だが、そんなことは些末な問題だ。私は「地味で真面目」を貫き、学業、妃教育、生徒会、教会の奉仕活動に没頭した。
一方で、男爵令嬢ドクダミ(転生者疑惑)の動向も監視。
彼女は入学早々、フラグポイントを完璧に回収し、攻略サイトの情報通りの「ハーレムエンド」を狙って動いていた。私は彼女に関わらず、ただ淡々と来るべき日に備えた。
◇◇◇
時は流れ、卒業パーティー当日。
王太子はドクダミを侍らせ、高らかに宣言した。
「カモミール! 私を顧みず、愛のかけらもない冷血な女よ! 貴様との婚約を破棄する!」
周囲が凍りつく中、私は扇を閉じて静かに微笑んだ。
「承知いたしました。ですが殿下、その破棄は『王命』によるものでしょうか、それとも『真実の愛』によるものでしょうか?」
「愚問だ! 真実の愛に決まっている!」
「ならば、王宮特別裁判所に調停を申し立てます。どちらが優先されるべきか、公の場で白黒つけましょう」
王太子陣営は「結果は見えている」と嘲笑い、パーティーを再開したが、その会場の空気は真冬のように寒々しかった。
◇◇◇
王宮特別裁判所。裁定長を務めるのは、国の実務を一手に担う「いぶし銀」王弟殿下である。
王太子側は意気揚々と、捏造された罪状を並べ立てた。
罪状1:チャリティバザー売上の着服
王弟:「教会庁より報告済みだ。売上は全額寄付、さらに伯爵家の私財まで上乗せされている。監査報告書を見たまえ」
罪状2:生徒会予算の流用
王弟:「理事長である私が承認し、使途も確認済みだ。君の小遣い帳とはわけが違う」
罪状3:ドクダミ嬢へのいじめと風説の流布
王弟:「証言によると、ドクダミ嬢の取り巻きだった者たちが『君たちのふしだらな行いに愛想を尽かして』距離を置いただけだそうだが?」
罪状4:成績優秀さを鼻にかけた侮辱
王弟:「学年首席のカモミール嬢と、ブービー賞とブービーメーカーの君たちだ。会話レベルが合わないのは当然の帰結だろう」
次々と論破され、ぐうの音も出ない王太子側。
会場に溢れる失笑の声。
しかし、王族が王族を裁く難しさと、親バカな国王からの「穏便に済ませよ」という圧力により、王弟はため息をついた。
「……ふむ。では、古の裁定に習おう。一人の子供に対し、二人の母親が親権を争った事例だ。双方、これに従うか?」
「「異議ございません!」」
場所は近衛兵訓練場へ。
中央の椅子には王太子が座らされ、左右から二人の令嬢が彼を引っ張り合うことになった。
転生者であるドクダミとカモミールは、即座に理解した。これは「大岡裁き」だ。
ドクダミは勝利を確信し、ほくそ笑む。
(痛いと言ったら手を離すわ。それが『愛』の証明になるのがこの裁定のルールよ!)
一方、カモミールは無表情で手を挙げた。
「裁判長。阿婆擦れと情を通じた殿下の身体に、直接触れるのは生理的に無理です。道具の使用を許可願います」
「……許可する」
カモミールが合図をすると、訓練場の扉が開き、筋骨隆々たる王家御用達の種牛が現れた。
どよめく会場。青ざめる王太子。
「な、何だそれは!?」
「ご安心ください殿下。愛の力は王命をも凌駕すると仰いましたよね? ならば、牛の一頭くらい、ドクダミ様の愛で止められるはずです」
「なんなら、もう一頭いますから、ドクダミ様にもお貸ししましょうか?」
「ひっ、殺される!」と絶叫する王太子。
カモミールは淡々と牛に繋がれたロープを王太子の足にくくりつける。
「始め!」
号令とともに牛へ鞭が入る。
ドクダミと取り巻きたちが必死に王太子の腕を掴むが、牛の初速には勝てない。
「ギャァァァァァーッ!!」
無慈悲な轟音と共に、王太子一派はなぎ倒され、王太子は泥と牛の糞にまみれながら地面を引きずり回された。
静まり返る訓練場で、王弟殿下は冷ややかに告げた。
「勝負あり。カモミール嬢は『触れることすら拒絶』し、牛を使ってまで縁を断ち切ろうとした。その強固な拒絶の意思こそ、もはや修復不可能である証拠。よって婚約破棄を認める」
判決により、王太子は廃嫡。臣籍降下し、男爵家へ婿入りすることとなった。
この件で、王の権威は失墜し、新国王として、王弟が擁立されることとなった。
カモミールには多額の賠償金が支払われ、国の中枢への登用が打診された。
「国のため、喜んでその任を受けます。……ですが、結婚はこりごりですわ」
彼女は縁談を断り、その後、若き女性官僚として新国王の治世を支える鉄の女宰相となる。
一方、元王太子とドクダミは悲惨だった。
「真実の愛」を掲げたものの、牛に引きずられ尊厳を失った夫と、実家の金を賠償金で失った妻。
二人は領地の片田舎に引きこもるが、かつての栄華が忘れられず放蕩三昧を続けた。
領民の怨嗟の声がピークに達したある日。
保身に走った男爵(ドクダミの父)は、新国王への忠誠を示すため、冷酷な決断を下した。
「領民を苦しめる愚か者には、相応の罰が必要だ」
男爵は、娘と元王太子を広場に引き出し、二頭の牛を用意させた。
かつての裁判と似て非なる処刑方法「牛裂きの刑」で、二人は牛に裂かれ、その生涯を閉じたという。
その後、王国は新国王の統治下で飛躍的な発展を遂げた。
そしていつしか、子供を叱る親たちの間で、こんな言葉が流行るようになった。
「悪いことをしていると……牛に引き摺らせるよ」
完
貴重なお時間をありがとうございました。
婚約破棄と大岡裁きのコラボレーションが、書き始めたきっかけでした。




