第一章 第4話「契約の鎖」
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放課後の訓練場。
俺――篠原透真は、昨日の闇の穴の出来事を反芻していた。
あの空間で、黒咲怜二が放った黒い触手の群れを押し返したとき、鎖が勝手に反応した。
だが、制御はできていない。
まだ、俺の意思と完全には繋がっていない。
(あの力……使いこなせるのか?)
手首を見つめると、黒い鎖の痕が微かに光っている。
呼吸を整え、鎖に集中する。
『……呼んだな、主よ』
頭の奥で、低く落ち着いた声が響く。
フェトラルが応答した。
意志を持つ武具――まさに“宝具”としての存在感がそこにあった。
「……俺と契約してくれ。完全に、力を貸してくれ」
『承認には条件がある。主よ、汝の覚悟を問う』
条件?
胸の奥でざわめきが起こる。
覚悟……か。
思えば、俺はずっと“無能力者”として逃げてきた。
だが、もう逃げたくない。
「――俺は、誰かを守るために戦う。
たとえ無能力でも、命を懸けて戦う覚悟はある。
だから……契約しろ、フェトラル!」
『――承認。汝の願い、受け取った』
鎖が腕を這い、俺の体を軽く締め付ける。
しかし痛みではなく、温かい重みだ。
まるで鎖自身が俺と融合するように、腕の感覚が変化していく。
光が走り、周囲の空気が振動した。
小石が跳ね、埃が舞う。
鎖が意志を持つかのように、自由自在に宙を走る。
(……すげぇ……!)
俺は小さく声を上げ、鎖を指先で操る。
宙に伸びた鎖が、柔らかく曲がりながら、床の上で渦を描く。
昨日の模擬戦では暴走に近かったが、今は意思のまま動く。
その瞬間、頭の奥でフェトラルが告げた。
『我、主と共に歩む。
だが、力の一部に過ぎぬ。
七つの宝具――我以外にも、世界には宝具が存在する』
「七つの宝具……」
昨日、黒咲が言った言葉を思い出す。
世界は、この鎖だけではない。
他にも同じように、意思を持った宝具があるのだ。
そして、それを巡る戦い――聖杯戦が始まる。
「……わかった、フェトラル。俺は、お前と一緒に戦う」
『承認、完全契約。以降、汝の力は我を介して発揮される』
黒い鎖が光を放ち、腕から肩、全身に巻きつく。
その感覚は、もはや道具ではなく、身体の一部のようだった。
俺は鎖を伸ばし、宙に回転させる。
その先端で、小石を切り裂く。
切れ味と速度、正確さ――昨日とは比べ物にならない。
(これが……力か……!)
そのとき、遠くから声が響いた。
「――お前、やっと契約したか」
振り向くと、天城零司が立っていた。
夕陽に照らされた彼の背中は、昨日よりも堂々としている。
金の瞳が、俺の鎖をまっすぐ見据えた。
「……すげぇな、篠原。
あの鎖を完全制御できるとは。
なら、次の選抜戦――俺も全力で挑むしかねぇな」
「……待ってろよ、天城」
拳を握る。
フェトラルが腕で巻きつき、心の中で応える。
『汝の意思、我が力と共に』
胸に熱が走る。
昨日までの無力な俺は、もういない。
ここから、無能力者と呼ばれた少年の戦いが本格的に始まるのだ。
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夜。
寮の屋上で、御影詩音が待っていた。
「篠原くん、鎖……完全契約したの?」
「ああ、できた。やっと、暴走せずに動く」
詩音は嬉しそうに微笑む。
その笑顔に、俺の心は自然に解けた。
「これで……少しずつだけど、私もあなたを守れるかな」
「守られるだけじゃない、詩音。俺が守るんだ。お前も、みんなも」
鎖は、今や俺の意志と一体になった。
これから先、どんな戦いが待っていようとも、俺は逃げない――
フェトラルと共に、戦士としての第一歩を踏み出したのだった。
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