第一章 第2話「雷帝との出会い」
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朝。
アルカディア学園の寮は、すでにざわついていた。
昨日の「雷鳴事件」は、瞬く間に学園中に広がっていたのだ。
――“無能力の篠原が、雷帝の一撃を受けて立っていた”
まるで都市伝説のように、噂は勝手に脚色されていた。
だが、当の本人である俺には笑えない。
今も右手首には、あの黒い鎖の痕がうっすらと残っている。
(夢じゃ、なかったんだな……)
掌を開くと、微かに黒い燐光が揺れた。
だが呼び出そうとすると、何も起きない。
あのときのような力の流れは、まるで掴めないままだ。
「……おい、篠原!」
ドアをノックもせず、部屋に入ってきたのは、金髪を乱した男子だった。
顔を上げると、雷帝――天城零司がそこにいた。
「なっ……お前、勝手に入るな!」
「細けぇこと言うな。昨日のアレ、なんだった?」
「アレって……」
「お前の腕の“鎖”だよ。見間違いじゃねぇ。
あれは――レリック《遺宝具》だ」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「レリック……?」
「ああ。七つ存在すると言われる、古代の異能結晶体。
持ち主の魂と結びつき、力を引き出す“神の遺物”だ。
だが、どの記録にも“黒の鎖”なんて出てこねぇ」
零司は真剣な目で俺を見た。
その瞳に映るのは、嘘も蔑みもない。純粋な興味だけ。
「――お前、何者だ?」
答えられなかった。
俺自身が、一番知りたいことだったから。
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午前の授業。
教室に入ると、周囲の視線が一斉に突き刺さった。
昨日の事件で、俺は完全に“異物”になっていた。
「見た? あいつよ」
「天城に雷撃されても生きてたって……マジで?」
「いや、雷帝が手加減しただけだろ」
ひそひそ声が止まらない。
中には面白がって覗き込む者もいたが、誰も正面から話しかけてはこない。
(まぁ、そうなるよな)
そんな中、ひとりだけ違う声が響いた。
「おはよう、篠原くん!」
御影詩音が笑顔で手を振っていた。
その明るさが、まるで光のように空気を変える。
「昨日のこと、噂になってるね。でも……無事でよかった」
「ああ……正直、死ぬかと思ったけどな」
「ふふっ。でも、篠原くんの目、昨日よりずっと強くなってるよ」
「……そうか?」
「うん。まるで、何かを掴んだみたいな」
詩音の言葉は、どこか不思議な温かさを持っていた。
彼女と話すだけで、張り詰めていた心が少し緩む。
「そうだ、放課後の“実戦演習”……一緒に組もうよ」
「え?」
「ペアで模擬戦するんだって。私、篠原くんとがいい」
「いや、俺なんかと組んだら足引っ張るだけだろ」
「足を引っ張るかどうかは、戦ってみないとわからないよ?」
そう言って、彼女はウインクした。
その瞬間、胸の奥が妙に熱くなるのを感じた。
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放課後、演習場。
空は赤く染まり、訓練場に夕陽が差し込む。
クラス全員が二人一組で向かい合い、教師の号令を待っていた。
「模擬戦開始――!」
号令と同時に、異能の光が弾ける。
火花、氷刃、風の刃。
詩音の隣で、俺はただ立ち尽くしていた。
「篠原くん、行こう!」
「お、おう!」
詩音の手から、淡い水色の光が溢れ出す。
水流が彼女の指先から舞い、宙で花のように咲いた。
「“水精操作”――!」
その優美さに、一瞬見惚れた。
彼女の異能はまるで生きているように滑らかで、美しい。
「篠原くん、カバーお願い!」
「了解っ!」
だが――俺の手には、何も宿らない。
鎖を呼ぼうとする。だが応えがない。
胸の奥の“何か”は沈黙したままだ。
(ダメだ……やっぱり、あれは偶然だったのか)
その時、敵チームの男子が詩音に向かって炎弾を放った。
反応が遅れる。
炎が彼女の目前まで迫った瞬間――
「詩音ッ!」
気づけば、俺は体を張って前に出ていた。
焼けるような熱。
だが、次の瞬間、右手が勝手に動いた。
ガキィィン――!
炎を、鎖が弾き飛ばしていた。
黒い輝きが、空を裂くようにうねる。
「……出た……!」
詩音が目を見開く。
俺の腕には、確かに《フェトラル》が絡みついていた。
『――呼んだな、主よ』
頭の奥に、低い声が響く。
鎖の一本一本が、意思を持つように脈打つ。
「フェトラル……力を貸してくれ!」
『承認。出力、解放――』
鎖が宙を走り、敵チームの炎弾をすべて絡め取り、地に叩きつけた。
轟音と共に土煙が舞い上がる。
静寂。
そして――教師の声が響く。
「……勝者、篠原・御影組!」
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歓声が上がる。
けれど俺は、ただ腕を見つめていた。
フェトラルは、まるで呼吸するように光を放ち、すぐに霧のように消えた。
「すごいよ、篠原くん!」
詩音が笑顔で肩を叩く。
「ちゃんと“自分の力”を掴んだじゃない!」
「……いや、まだだ。あれは暴走に近かった。
制御できてるとは言えねぇ」
「それでも――前に進んでる。私は、そう思うよ」
その笑顔に、胸の奥の不安が少しだけほどけた。
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夜。
寮の屋上で、月を見上げていた俺の隣に、またあの男が現れた。
「――見せてもらったぜ、“鎖”の力を」
「……天城か」
「フェトラル、だったな。面白ぇ武装だ。
だがな――お前の中の“何か”がまだ眠ってる。
本気で使いこなすなら、命張る覚悟がいるぞ」
「わかってる。それでも……俺はもう逃げない」
天城は笑った。
その笑みは、昨日とは違う。
戦士が、対等な相手を見つけたときのものだった。
「いい目だ。気に入った。
次の“選抜戦”――お前と戦るの、楽しみにしてるぜ」
雷鳴のような声を残して、天城は夜の闇へと消えた。
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ひとり残された俺は、手首を見つめた。
鎖の痕が、月光に照らされて淡く光る。
(フェトラル……お前は何者なんだ?)
その問いに、風が答えるように吹き抜けた。
――まだ、物語は始まったばかりだった。
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