第一章 第1話「無能の入学式」
第一章は1時間毎に12話投稿します。
その後は毎日18時になると思います。
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春。桜が散る中、〈アルカディア学園〉の門がゆっくりと開いた。
新入生たちの群れが押し寄せ、カメラのフラッシュと歓声が飛び交う。
異能教育の最高峰と呼ばれるこの学園に入る者は、皆“選ばれた才能”を持つ。
――俺以外は。
篠原透真、16歳。
手にした入学証書の端が、指の汗でじんわりと湿っていた。
(……本当に、ここでやっていけるのか)
入学式前の“能力適性測定”で、俺の診断結果は**E評価・異能値ゼロ**。
要するに「異能なし」。
異能学園に入学しておきながら、“使えない”と烙印を押された落伍者。
「おい見ろよ、例の“無能力”ってこいつじゃね?」
背後から聞こえる笑い声。
振り向けば、派手な髪色の男子たちが数人、俺を指さしていた。
「かわいそうに。異能学園にコネで入ったって噂、本当だったんだな」
「何の力もねぇのに何しに来たんだか。見学か?」
笑い声が弾ける。
だが、俺は何も言い返さなかった。
言葉を出した瞬間、情けなさで泣きそうになるのがわかっていたから。
それでも俺は歩いた。
ここで逃げたら、本当に終わる気がした。
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入学式は講堂で行われた。
壇上には、長い黒髪を束ねた女性――学園長・橘霧華。
異能界では「氷華将」と呼ばれた元軍人だ。
「――ようこそ、アルカディアへ。
ここは“力”の頂点を目指す場所。己の才能を磨き、世界の頂に立つ者となりなさい」
その声は冷たく澄んでいて、どこかで聞いたことのある鐘の音のようだった。
だが、俺にはその言葉が遠くに聞こえた。
力を磨けと言われても、磨く力がない。
(俺は、どうしたら……)
そう思っていたそのとき――壇上の一角で、眩い閃光が走った。
拍手と歓声。
前列に座る一人の男子生徒が立ち上がり、雷のようなオーラを纏っていた。
「新入生代表、天城零司です!」
金の瞳が、堂々と前を見据える。
彼の周囲には、まるで空気そのものが震えるような異能の圧。
雷帝――後にそう呼ばれる男との、初めての出会いだった。
「“力がすべて”だと俺は思ってる。
だから俺は、誰よりも強くなる。以上だ」
短いスピーチ。だが、その言葉に会場中が飲み込まれた。
まるで王の宣言のような、圧倒的な存在感。
(……眩しいな)
俺は思わず呟いた。
同じ一年。だが、住む世界が違う。
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式が終わると、俺は校舎裏のベンチに逃げ込んだ。
春風が頬を撫で、桜の花びらがゆっくりと舞う。
静かな場所――誰も俺を見ない世界が欲しかった。
「ねぇ、そこ座っていい?」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
そこに立っていたのは、淡い銀髪の少女だった。
透き通るような水色の瞳。制服のリボンが風に揺れている。
「あ、ああ……どうぞ」
「ありがとう。……あなた、篠原くんでしょ?」
「え? なんで知って……」
「入学式で、ずっと下を向いてたから。少し、気になって」
彼女は柔らかく笑った。
その笑みは、光のように優しかった。
「私、御影詩音。同じクラスだよ」
「……よろしく」
短く答える俺に、彼女は少しだけ首を傾げた。
「ねぇ篠原くん。“無能力者”って呼ばれてるけど……本当にそうなの?」
「……ああ。測定で、異能値ゼロだった」
「ふぅん。でも、なんだかそんな感じしないけど」
「どういう意味だ?」
「うーん……“何か”を隠してるような。
力じゃなくて――心の奥の“何か”」
その言葉に、胸がざわついた。
何を見透かされたのかもわからないのに、鼓動が速くなる。
詩音は立ち上がり、桜を見上げて言った。
「私ね、異能って“自分の心”に似てると思うの。
心が歪んでたら、力も暴れる。
だから、あなたの“心”がちゃんとあるなら、きっと力も目覚めるよ」
そう言って、彼女は笑顔のまま去っていった。
残された俺は、呆然とその背中を見つめていた。
(……なんなんだ、あの子)
それが、御影詩音との最初の出会いだった。
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その日の夜。
寮の自室に戻った俺は、机の上の入学資料を眺めていた。
> 《特異能力学園アルカディア》
> 異能を持つ若者の教育・訓練機関。
> 年次ごとに行われる能力競技会の成績によって、
> 上位者は国家戦力として選抜される。
力がすべての世界。
異能が人生を決める学園。
そんな場所に、力を持たない俺が何を証明できるのか。
頭ではわかっている。
けれど――胸の奥に、確かに火が灯っていた。
(御影……詩音。
お前の言葉が、なぜか消えない)
その夜、俺は眠れなかった。
窓の外、満月の光が校舎を照らしていた。
まるで、何かが始まる予兆のように。
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翌朝。
実技授業「基礎異能操作」の教室で、事件は起きた。
「よーし一年! 今日は異能の出力テストを行う!
前へ出て順に放出、数値を出せ!」
教師の号令で、生徒たちが次々と異能を発動する。
炎、風、氷、雷――教室がカオスと化す。
そして俺の番が来た。
「篠原。……お前、できるのか?」
「……やってみます」
震える手を前に出す。
だが――何も起きない。
空気が、ただ静まり返る。
「……ゼロ。やっぱりな」
「そりゃ“無能”だもんな」
笑い声が背中に突き刺さる。
教師も何も言わず、次の生徒を呼んだ。
その沈黙が、何より痛かった。
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放課後。
俺は誰もいない訓練場で、拳を握っていた。
打ち込んでも、蹴っても、力は出ない。
ただ悔しさだけが増していく。
「……クソッ!」
壁を殴った瞬間、手の甲から血が滲んだ。
だが、それでも痛みが心地よかった。
自分がまだ“立っている”と感じられたから。
「やっぱり来てたか、無能力」
背後から聞こえる声。
振り向くと、そこに天城零司が立っていた。
雷光のような眼差しで、まっすぐ俺を見つめている。
「お前、今日の授業……見てて吐き気した。
力もねぇのに、何でそんなにしがみつく?」
「……俺は、負けたくないんだ。
何も持たないって決めつけたこの世界に」
天城は数秒黙って、そして笑った。
それは軽蔑ではなく、どこか興味深そうな笑みだった。
「いい目してるじゃねぇか。
なら――本気でやる気を見せてみろよ」
その瞬間、彼の掌に雷光が走った。
雷鳴と共に、訓練場が白く染まる。
「お前が立ってられるか、試してやる。
――“雷帝”の一撃をな!」
「なっ――!?」
稲妻が直撃し、世界が弾けた。
焼けつくような痛みと、胸の奥で何かが軋む感覚。
視界が歪む中、俺は見た。
――床の奥、光の裂け目のような“闇”を。
その中から、黒い鎖が、俺に向かって伸びてくる。
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雷鳴の中、鎖が俺の手首に巻きついた。
冷たいのに、心の奥が熱くなる。
耳の奥に、低い声が響いた。
『――問う。汝は何を望む?』
時間が止まったようだった。
雷も、痛みも、遠のく。
「俺は……強くなりたい。
何も持たない俺でも、誰かを守れるって証明したい!」
『……契約、成立。名を呼べ、我が名は――』
「――《フェトラル》!」
鎖が爆ぜ、雷が消えた。
天城が目を見開く。
「なっ……お前、それは――!」
腕に黒い鎖を巻きつけ、俺は立ち上がった。
胸の奥で何かが確かに動いている。
(これが……俺の力)
空に残る雷光が、まるで祝福するように輝いた。
そして――“七つの宝具”を巡る戦いが、静かに幕を開けた。
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