男女の友情は果たして成立するのか?実態を検証してみた件~紘輔
「なあ、ひな。やっぱ女ってさ、面倒だよな」
駅前の居酒屋。ジョッキを片手に、佑樹はため息混じりにそう言った。
いかにもモテそうな外見の佑樹。カジュアルなビジネススタイルが長身の彼には似合う。そしてそれを彼自身もわかっていて目を引く仕草を自然とする。
「またケンカしたの?」
陽菜はグラスを持ち直し、苦笑しながら相槌を打つ。
「そうそう。アイツ、俺が仕事で忙しいのに『会えない』だの『冷たい』だの。ほんっと疲れるわ」
彼は当然のように吐き出し、ビールを流し込んだ。
――そして、ふっと笑う。
「やっぱひなはいいよな。何言っても怒らねえし」
胸がちくりと痛んだ。
怒らないんじゃない。怒れないだけ。
――好きだから。
大学からの友人。
ずっとそばにいた。
恋人にはなれなくても、特別な存在だと信じたかった。
だが現実は違った。
私はただ、彼女の愚痴を聞かされる便利な友達。
佑樹はジョッキを空けて、笑顔で言い放った。
「やっぱお前は最高の友達だ」
その言葉が、一番つらかった。
声が震えないように必死に笑いながら、陽菜はグラスを傾けた。
⸻
その二人の姿を、佐伯紘輔は見ていた。
入社して三年。
紘輔はずっと、陽菜の背中を追いかけてきた。
初めて惹かれたのは、新人の頃。
自分のミスで上司に怒鳴られたとき、陽菜が一緒に頭を下げてくれた……
「私の確認不足でもありました。本当に申し訳ありません」
彼女のせいじゃないのに、庇うように深々と頭を下げる。
後から彼女に呼び出されて言われたのは
「解らないことあった?ごめんね。もう一度教えるから一緒に頑張ろう」
優しく微笑むその眼差しに恋をした。
もう二度と、この人に頭を下げさせない。
その日、心に誓った。
だから誰よりも必死に働き、入社して三年で主任に異例の昇進した。
全部、彼女を守るため。
だが、彼女の隣にはいつも同じ男がいた。
こっそり跡をつけて、二人の会話を耳にした。
……ストーカーみたいだと笑われるだろう。
けれど、それくらい放っておけなかった。
「なあ、ひな。俺ってモテるからさ」
「やっぱお前は最高の友達だよな」
一方的な愚痴と自慢。
最後に必ず降ってくる「友達だろ?」の押し付け。
そのたびに彼女は笑顔を作る。
けれど、俺には分かった。
あれは――泣きそうな笑顔だ。
拳を握りしめ、心で呟いた。
“違う。俺はあんたを友達なんかにしない。
俺は―彼氏になるんだ”
⸻
一方、佑樹は確信していた。
陽菜は自分のことが好きだ。
ずっと俺に尽くしてきた。
夜中に呼び出せば駆けつけ、彼女の愚痴を言っても黙って聞いてくれる。
――馬鹿だよな。
でも可愛いじゃないか。俺に夢中な女って。
「やっぱお前は最高の友達だな」
そう言えば、必ず笑って頷く。
どうせ俺が「付き合おう」って言えば、すぐ頷く。
そんな女だ。
――だから今はまだ友達でいい。
俺が欲しくなったとき、手に入れればいい。
そう信じて疑わなかった。
⸻
昼休み。
陽菜が一人でカフェに入ろうとしたとき、背後から声がした。
「綾瀬さん、一緒にいいですか」
振り向けば、後輩の佐伯紘輔。
いつも人懐っこい笑顔を見せる彼が、そのときだけは真剣な目をしていた。
席に着くとテーブル越しに、彼は静かに言った。
「俺は後輩でも友達でもなく……陽菜さんの彼氏になりたいです」
胸が跳ねた。
佑樹からは一度ももらえなかった言葉。
潮どきなのはわかってる。
「……佐伯君、私…」
彼はにやりと笑い
「知ってます。偶然見かけて…けど俺ならあなたにあんな顔させない。お試しでもいい。俺と付き合ってください。絶対好きにさせますから」
陽菜の心に溜まっていたものが、一気に溶けていった。
⸻
ランチを終えて外に出るとスマホが鳴る。
画面には――佑樹
陽菜は一瞬ためらったが、指は勝手に通話ボタンを押していた。
「ひな……俺、アイツに振られた」
佑樹の声は、どこか甘えるように掠れていた。
「やっぱお前しかいないわ。ずっと俺のこと好きだっただろ? 今度はちゃんと付き合うからさ」
息が詰まった。
――今さら、そんな言葉。
胸の奥で、乾いた笑いが込み上げる。あまりにも軽く…なんで好きだったのかさえわからなくなった。
「……ごめん。私もう無理…」
「は? 何言ってんだよ。お前、俺に尽くしてただろ? 俺が声かけたら飛んでくる、馬鹿みたいに従順な女だったじゃねぇか」
その瞬間。
横から伸びてきた手が、スマホを奪った。
代わりに聞こえたのは、低く鋭い声。
「終了。俺の女に未練がましく電話してくんな」
――佐伯紘輔だった。
陽菜を強く抱き寄せ、通話口に冷たい声を落とす。
「俺が側にいるからあんたはもう要らないよ。」
「なっ……誰だお前」
電話口の佑樹が狼狽する。
紘輔は薄く笑った。
「俺は陽菜さんを本気で愛してる。あんたみたいに“暇つぶし”にするんじゃない」
佑樹が何か叫んだが、紘輔が通話を切った。
静寂の中で、彼は陽菜の耳元に囁く。
「大丈夫。もう二度と、あんなやつに泣かされないで。―――俺のものになってよ」
耳まで赤くなって挙動不審になっている彼女の姿を紘輔は可愛いと微笑む。そして心の中で呟いた。
――友情ごっこ?
そんなものより、ずっと甘くて熱い恋がここにある。
佑樹。
……ざまぁみろ。