【まさかの1400pt突破】記憶から消された婚約破棄
皇室主催の舞踏会。
豪華絢爛たるその会場が、一瞬にして凍り付いた。
「イザベラ・フォン・ローゼンシュタイン。余は、お前との婚約を破棄する!」
皇太子カールによる、突然の宣言に、ざわめく一同。
ローゼンシュタイン公爵家は、この帝国でも随一の名門一族。そして、イザベラは月明りを編んだような美しいシルバーブロンドの髪に、宝石のような瞳、白磁のような肌を持つ美貌の持ち主である。皆が「皇太子さまは狂われてしまわれたのか?」と考えるのも、無理のない話であった。
「此度の件は、すべて余の不徳の致すところではあるが、余には、お前とは別の想い人がいる。お前のことも愛してはいるが、神は余にふたりの妻をお許しにはなられまい。ゆえに断腸の思いではあるが―― 」
「分かりました、殿下。此度の婚約破棄のお話、私イザベラも了承致します」
皇太子の宣言だけでも不測の事態であったが、イザベラの即座の了承に、さらにどよめく舞踏会の参加者たち。
「いったい、どうなっておるのだ、これは?」
「誰もが羨む、美男美女のカップルであらせられる、お二方が何故?」
「帝国の根幹が崩れてしまうぞ。ローゼンシュタインあっての帝国であろうに」
―― 様々な声が聞こえたが、イザベラは冷静であった。
カールは、イザベラに負けず劣らずの美形。
だが、この国の貴族連中は、皆、容姿が良すぎたため、そこまでの差別化は図れてはいなかった。それはイザベラにおいても同様で、個々人の「好き嫌い」による、誤差の範囲でしかなかった。
何より、ここ半年のカールの「心ここに在らず」感から、あるいは、こういったことも起こり得るのかもしれない、とイザベラは予期もしていた。
「あっ、そうだわ。この帝国を支える有力貴族家の子弟の方々も、皆お揃いのようなので、これはいい機会ね。どうせなら皆様にも、私の本当の姿を見ていただきましょう」
晴れた表情で、指をパチンと鳴らすイザベラ。―― すると、イザベラの髪は、シルバーブロンドからみるみると暗く変色を始め、美の化身のようであった顔も、のっぺりとした塩顔へと変化を遂げた。
「これが私の素顔です、カール殿下。これまで殿下の理想に合わせ、見た目に少しばかりの魔法をかけてきましたが、もうそれも必要ありませんわね。騙すつもりはなかったのですが、少しでも殿下のお好みの顔に近づけようと ―― 」
「お、お前……なぜ、町娘のアンナに化けるのだ……ど、どうやって余の想い人のことを知ったというのだ!」
「えっ、あ……はい? ……いったい、どういう……えっ?」
周囲以上に混乱する、カールとイザベラであった。
◇
別室に移ったふたり。
答えは、こうであった。 ―― カールとイザベラは、お互いに自らの容姿に魔法をかけていた。お互いが耳にしていた、お互いが理想とする見た目に合わせて。
イザベラは、いわゆる<転生者>であったが、顔は魂に引きずられるらしく、<前世の顔>に近づいていくように成長し続けた。そこで「……このままでは、いろいろとマズイ!」と、変化の魔法を修得し、少しずつ、バレない程度に、容姿を変える魔法を重ねることに。先ほどまでのイザベラの容姿は、紆余曲折を経た末の、造られた顔であったのである。
そして、ここからが本題。
カールもまた、転生者であった。イザベラと同じ理由でカールも容姿を変えていた。そうして彼も、必死に美男の皇太子を演じてきたわけだが、半年ほど前に、魔が刺した。気まぐれに変化の魔法を解き、城を脱走。下町の散策に出かけてしまったのである。
そして、カールは出逢ってしまった。
これまた同じ理由で、下町を散策していた素顔のイザベラと。
「ああ、まさかイザベラがアンナ、いや、アンナがイザベラだったとは……」
「そういう殿下も、何が異国の旅人カルロスよ!半年以上も王都に居ついておいて、旅人とか、設定ガバガバじゃない?」
「いや、今話すべきは、そこでは……」
「で、なんでよりによって、美の化身であるイザベラじゃなく、この顔の町娘が良かったというわけ?」
「そ、それは……だな。まあ、なんというか、ふるさとの味……的な?」
「はぁ? なによ、それ……まあ、分からんでもないけど……」
カールの理由は、実際、イザベラにとっても、わかりみの深すぎる話であった。毎日、極上のステーキのようなルックスが居並ぶこの世界で、突然、オニギリ顔の異性が登場したら、元・日本人としては、かぶりつきたくなるのも仕方のない話。
そう、イザベラ自身も、カールの素顔であるカルロスのルックスに、ふるさとの味を思い出し、たいへん惹かれていたのであった。―― ゆえに、あっさりと皇太子からの婚約破棄を受け入れてしまったという側面もあった。
「……で、このあと、どうする気? 婚約破棄しちゃったわけだけど」
「ちょ、待ってくれよ!君がアンナと知っていれば、誰が婚約破棄なんて!」
「けど、私は見事にフラれちゃったわけじゃない? しかも、こんなオニギリ顔の女に現を抜かす皇太子から」
「いや、だって……それは……」
もじもじとする、同じくオニギリ顔の素顔のカールに、愛らしさをおぼえ、今しばらく、いじめを楽しむイザベラであった。
―― fin.
なんやかやあって、最終的には「舞踏会の参加者全員の記憶を消す」という結論に至ったふたり。この後、ふたりで百名前後の記憶の改竄に奔走することとなった、というのが本作のオチ(=タイトル回収)。
リアクション見てると、コメディーに投稿するべきだったかな、これ?笑




