15 『いきし』というあやかしのこと ①
妖怪たちが話し合っている頃、小鳥はちょう子と一緒に家に帰路についていた。ちょう子は電車に乗るのが初めてで、かなり興奮していた。姿を消していればいつでも乗ることができるのだが、わざわざ乗ろうという気にはならなかったらしい。今回は小鳥と話をしながら帰るため、小鳥がちょう子の分の切符を買って電車に乗り込んだ。
その後、最寄り駅に着いたあとは、電車内でできなかった話を始める。
「本人にも改めて聞こうと思うんですけど、ちょう子さんに聞いても良いですか」
「何でしょうか~」
「あの、いきしさんってどんな妖怪なんですか」
龍騎たちと知り合い、座敷童のわこと同居し始めてからは祖母や母に妖怪の話を詳しく聞いてみたり、本やネットで伝承を調べてみた。小鬼のように伝承にないものもあり、その中で小鳥が気になったのは、いきしのことだった。生死刀で調べてもでてこない。いきしがあやかしであることは確かだが、他の妖怪に一目置かれたり、恐れられる存在である理由がわからなかった。
「そうですね。いきしさんはとても若い妖怪です。それに、人間の文献にはのっていないかと思います」
ちょう子が小鳥に話した内容は、今まで噂でも聞いたことのない話だった。
いきしは日本刀のあやかしであり、妖怪やあやかし、そして鬼を倒すために人間によって作られたものだった。刀鍛冶の家族が鬼に殺され、鬼への怨念を込めて打たれたものがいきしだった。妖怪たちは簡単には死なないが、いきしに斬られた場合は別なのだと言う。
「小鬼ちゃんくらいの妖怪なら、いきしさんにつつかれたくらいでも死んでしまうでしょう~」
「土蜘蛛は斬られていたみたいですけど、死にそうには見えませんでしたが、それはどういうことなんですか?」
「土蜘蛛は大妖怪です。あれくらいでは死にません。ですが、龍騎さんが本気を出せば土蜘蛛を殺すことは簡単だと思います~」
(だからあれだけビビッていたのね)
小鳥は納得したあと、質問を続ける。
「妖怪の中では土蜘蛛のほうが先輩みたいなものですよね。それなのにいきしさんが偉そうにしているのはどうしてなのですか?」
「それは~、いきしさんの性格ですね~。あと、簡単に殺せるからじゃないですか~。そして、土蜘蛛はいきしさんを殺すこともできません」
ふふふと笑うちょう子を見て、小鳥はそれ以上、聞くことをやめた。
(いきしさんには色々と事情がありそうだし、これ以上は神津さん経由にするか、いきしさんに直接聞くことにしよう)
「ちょう子さん、教えていただきありがとうございました」
「いいえ~」
その後は小鳥の会社での話や、ちょう子の過去の話で盛り上がることになったのだった。
******
龍騎の婚約者のふりをするといっても、小鳥の中では今まで通りで良いのだと思っていたのだが、そんなことを妖怪たちは許さなかった。
新たな依頼が来たと連絡があったので、小鳥が『喫茶あやかし』に向かうと、龍騎はまだ来ていなかった。そのかわり、みけとたまが小鳥の元にやって来て、悩みがあるので聞いてほしいと言った。
小鳥が窓際の席に座ると、彼女の太ももの上に二匹は陣取り、撫でることを要求してから話し始める。
「りゅうきはおくてだから、こまるにゃん。こんやくしゃのふりをするというのにゃら、デートとかすべきにゃん」
「そうにゃ。ことりからさそってくれたらありがたいにゃん」
たまとみけにつぶらな瞳を向けられ、小鳥はだじろぎながら答える。
「神津さんは忙しいと思うから、デートなんてしている暇はないと思うわ」
「にんむがえりにデートするにゃ!」
「ちょっとよっちゃったっていうにゃ!」
「酔っちゃったって、何に!? 乗り物!? お酒!? どっちにしてもそれ、デートに誘う言葉じゃないから! しかも、どうして私に言うの!? 神津さんに言ったらいいじゃない!」
「りゅうきにはいきしからいってるにゃん」
しれっと答えるたまに小鳥は苦笑する。
(婚約者のふりをするからって、デートとかしないといけないものなの?)
こんなことは大きなお世話だと突っぱねて良いところなのだが、小鳥はまじめすぎた。真剣に考え、オーナーに相談しようと小鳥が口を開きかけた時、龍騎がいきしと共に店内に入って来たのだった。