14 龍騎の婚約者 ➂
話を合わせろと言われていた小鳥が驚くのだから、何も話を聞いていない龍騎が驚かないわけがない。だが、龍騎が言葉を発するよりも先に、土蜘蛛が反応した。
「な、なんだそうだったのか。それなら、そうと言ってくれれば良かったんだ」
跪いていた土蜘蛛は勢いよく立ち上がると、引きつった笑みを浮かべて小鳥に笑いかける。
「そうとは知らず悪かった。俺は手下どもにその大切な情報を伝えなくちゃなんねぇ。それに、いきしの機嫌も悪そうだしな!」
小鳥が返答する前に土蜘蛛は逃げるように去っていった。
「おい、逃げんな!」
「龍騎さん、店内で殺生はやめてください。あとの掃除が大変なんですよ」
「ごめん」
オーナーに注意された龍騎は反省の色を見せたが、すぐにいきしに向かって叫ぶ。
「いきし! お前、一体何を言ってるんだよ!?」
「あたしが決めたの。小鳥は妖怪が見えるし、ここに住み着いている妖怪たちにも好かれている。それに、わざわざ小鳥に会いに来るあやかしもいるのよ? そんな子を龍騎の嫁にしたいと思ってもおかしくないでしょう」
「お前は俺の母親か」
「似たようなものよ。あんたの母に龍騎をお願いって言われてるんだから」
龍騎の母親はどうやらすでにこの世にはいないようだ。二人の会話からそのことを悟った小鳥は複雑な気分になる。
(さっき、土蜘蛛が言っていたことが本当ならば、神津さんはかなり傷ついたでしょうね。いきしさんは龍騎さんがまた傷つかないように、妖怪が見える私を婚約者にしたいんだろうけど……)
「龍騎、あんたは小鳥を危険な世界に招いたのよ。その自覚はあるんでしょう?」
「そりゃああるけど」
「なら、守り切る覚悟はあったわけよね」
「当たり前だ」
はっきり言い切った龍騎の真剣な顔を見て、小鳥の鼓動は一気に速くなった。
(やばい。私、チョロすぎるでしょう!)
「あんたの婚約者ということにしておけば、妖怪たちは手を出せなくなるわ。絶対に結婚しろとは言わない。小鳥にも選ぶ権利はあるからね」
そう言って、いきしは小鳥を見つめる。
「あんたはどう思う? 嘘でも龍騎の婚約者になるのは嫌?」
「えっと……」
(……どうしよう。嫌ではない。だけど、神津さんは迷惑よね)
小鳥が答える前に龍騎が口を開く。
「千夏さん、巻き込んで本当にごめん。俺と一緒にいるほうが安全だと思って声をかけたんだ。だけど、逆に怖い思いをさせてしまった」
「巻き込まれたなんて思っていません。むしろ声をかけていただいて光栄だと思っています。もし、神津さんたちに会わずに土蜘蛛に出会っていたら、私は食べられていたかもしれませんから」
(このまま彼氏もできずに暮らしていくと思っていたから、嘘の婚約者がいても困らないし、相手が神津さんならこっちが申し訳ないくらいだわ)
小鳥は深呼吸して、いきしの質問に答える。
「嫌ではないです。ふりしかできませんが、それでも良ければ」
「それでかまわないわ。あとは龍騎が頑張れば良いだけよ。それから、小鳥に好きな人ができたら教えてね」
(私にとって神津さんよりも良い人がいるとは思えないけど……)
「わかりました。じゃあ神津さんに好きな人ができた場合も教えてほしいです」
「わかった」
龍騎が頷くと、小鳥は深々と頭を下げる。
「改めてよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
龍騎も同じように頭を下げたあと、二人は頭を上げて笑い合った。
二人にとっては婚約者のフリを始めるだけだった。しかし、二人を見ていた妖怪たちは、小鳥たちが帰ったあとにこう話し合った。
「りゅうきにはことりしかいないにゃん。ことりにはりゅうきとけっこんしてもらって、いっぱいなでてもらうにゃん!」
「みけもことりがいいにゃん。せいかくのわるいにんげんは、りゅうきにあわないにゃん。ことりはよいこだからよいにゃん」
「わう!」
「ピーッ!」
土蜘蛛が怖くて隠れていた小鬼たちも混じり、こうして妖怪たちによって二人をくっつけようとする動きが始まったのだった。