12 龍騎の婚約者 ①
小鳥の頭に思い浮かんだのは、ちょう子は優しい妖怪だということだ。慎也という男性に恋をしたこともあるだろうが、自分以外のために本気で怒ることができるちょう子は、良い人間のためなら力になってくれるのではないかと思うと同時に、そんな優しい妖怪が縄張りを移動するのもおかしいと感じた。
なら、縄張りを移動せずに彼女が妖怪らしく、そして、彼女らしくいられる方法と言えばと思い浮かんだのが、悪い人間を怖がらせるという方法だった。
ちょう子に小鳥の考えを話した数日後、龍騎から会社帰りにいつもの店に寄ってほしいと連絡があったので、小鳥は会社帰りに小鬼たちと共に店の前にやって来た。
何度もこの店に訪れてはいたが、毎回慌ただしかったため、店の名前を今日になってやっと知ることになった。ツタに覆われてすっかり見えにくくなっているが、『喫茶あやかし』と達筆な字で木製の板に書かれている。
(喫茶だった。たしかカフェって飲食店としての営業許可を取っている店のことだっけ)
店の入り口に続く石畳の小道には提灯がぶら下がっていて、小鳥が明かりを頼りに歩いていくと小鬼がベルを鳴らした。
「こんばんは!」
扉を開けて挨拶をすると、まずは「ピーッ」という声が返ってきた。その後すぐに「こんばんは、小鳥さん。お仕事お疲れさまでした」と言って、オーナーとカウンターに座っていたちょう子が出迎えてくれた。
「神津さんから連絡をもらって来たんですけど」
「かみづさん?」
ちょう子が不思議そうな顔をするので、ちょう子の隣に腰かけた小鳥は焦って聞き返す。
「え? 違いましたか?」
「小鳥さん、私たちの間では神津さんではなく、龍騎さんで通っているんですよ」
「そういうことでしたか」
オーナーの言葉に小鳥が納得していると、ちょう子が手を合わせて謝る。
「いつも龍騎さんと言っているので、名字を知りませんでした。混乱させて申し訳ございません~。今日は足を運んでいただきありがとうございます~。どうしても小鳥さんにお話ししたくって~」
「そうなんですね。あ、あの、もし良かったら私の家を教えますんで、いつでも話に来てください」
「い、いいんですか~!?」
ちょう子が嬉しそうに言うので、早速、今日の晩は家を教えるために一緒に帰る約束をした。その後、ちょう子は楽しそうに話し始める。
「酔いつぶれている人の財布を取ろうとしている人がいたんで、後ろから肩を叩いてやったんです~。で、振り返った時ににやりと笑って、姿を消してあげたんですよ~! そうしたらぎゃあああって悲鳴を上げて逃げて行ったんです~。その姿が本当に面白くて!」
くすくすと笑うちょう子が本当に楽しそうで、小鳥は笑ってはいけないと思いながらも、つい一緒に笑ってしまう。酔いつぶれるまで飲むことも決して褒められたものではないが、お金を奪うような輩よりもマシだ。ちょう子にとっては遊びだが、それで救われる人もいるのなら良いのではないかと小鳥は思った。
「もし、ストーカーしているような人を見かけたら、相手が男でも女でも怖がらせてやろうと思います~」
「人助けになることは止めません」
談笑していた時、来客を知らせるベルがいつもよりも激しく鳴らされた。小鳥や龍騎がやって来た時とは違い、その鐘の音を聞いたオーナーは温和な表情を一瞬に厳しいものに変えた。
「お手数をおかけしますが、小鳥さん、私がお相手している間に、龍騎さんにすぐにここに来てほしいとメッセージを送ってもらえますか」
「わ、わかりました」
小鳥が頷いて鞄からスマートフォンを取り出した時、扉が蹴りあけられた。
「おい。人間の気配がするってことは龍騎が来てんだろ。いきしに会わせろ」
喫茶あやかしの店内に入って来たのは、黒い髪に黒い瞳を持つ、人相の悪い大男で、その姿を見たちょう子は立ち上がると、小鳥の姿を自分の体で隠した。
「こんばんは、土蜘蛛さん。今日はいきしさんはいらっしゃってませんよ。それにこの店に入ることをあなたは禁止されているはずです」
オーナーが近寄りながら話しかけると、大男は目を吊り上がらせて尋ねる。
「いきしが来ていないのにどうして、人間の匂いがする?」
「私も人間ですよ」
「違う。お前の匂いじゃない。もっと旨そうな匂いだ」
小鳥は素早く龍騎に『喫茶あやかしに土蜘蛛が来客。オーナーから至急来訪せよとのことです』と簡潔に用件をまとめて送ると、数十秒後には龍騎から『すぐ行く』と返事があった。しかし、それが土蜘蛛に小鳥の存在を知らせることになってしまう。着信音をマナーモードにしていなかったため、音が土蜘蛛の耳に届いてしまったのだ。
「音が聞こえたぞ」
「喫茶店ですから音くらい鳴りますよ」
オーナーは何とかやり過ごそうとしている。息をひそめていた小鳥だったが、土蜘蛛から放たれる禍々しい妖気にやられてしまい、気分が悪くなった時だった。みけとたまがやって来て、小鳥を落ち着かせるように膝の上に乗った。すると、一気に体が楽になった。
「おい。怪しすぎるだろ。おい、人間がいるんだろ! 姿を見せろ! ここ最近、人間を食えてなく飢えてるんだ。食わせろ!」
(食べられるってわかっていて出ていく人間なんていないでしょう!)
土蜘蛛が大きな声で、小鳥が心の中で叫んだ時、扉が乱暴に押し開けられ、土蜘蛛の大きな尻に蹴りを入れた美女がいた。
「ぎゃあぎゃあやかましいのよ。あんた、そんなにあたしに殺されたいの?」
いきしは土蜘蛛を睨みつけながら、恐ろしいほどの殺気を放った。