10 お助け屋と助手見習い ①
先日、小鬼たちにパフェを食べさせた時、口が小さい小鬼たちは、ソーダスプーンに盛られたアイスに顔を突っ込むようにして食べていた。体がほとんど目である小鬼は、その度にアイスが目に入り「ピーッピーッ」と泣いた。そのたびに小鳥は小鬼をお手洗いに連れていき、目を洗ってやらなければいけなかった。
今回はその経験を生かし、マドラーの先で少しだけすくい、小鬼には目を閉じさせて食べさせた。
(本当はスポイトで食べさせてあげるのが良いかもしれない。100円ショップで売ってると良いけど)
にゃんにゃん、わんわん、ピーッピーッと騒がしい店内に来客者を知らせるベルが鳴った。カフェの入り口には見張りの小鬼がいて、誰か来ると鳴らすようになっている。小鳥が身構えると、中に入ってきたのは龍騎だった。
龍騎は小鬼に囲まれている小鳥を見て目を丸くする。
「何してんだ」
「神津さん! お疲れ様です」
「お疲れ。二日目で人気者だな。しかもここでは見ない顔もいるし」
「龍騎様、こんばんは」
「こんばんは」
頭を下げるちょう子に、龍騎も軽く頭を下げ、小鳥たちがいるテーブルの隣のテーブルに座る。
「ここにいるってことは良い返事をもらえるということか?」
「はい。お役に立てるかはわかりませんが、できる範囲で頑張らせていただきたいです」
「基本は俺の助手的存在になるけど、それでいいか?」
「縁の下の力持ち的存在になりたいので、ぜひそちらで! あと、研修期間が欲しいです!」
「わかった」
龍騎の安堵したような笑みを見て、小鳥は不思議に思う。
「断ると思っていたんですか?」
「いや。いきしに脅されて嫌々やる感じかと思ったんだ」
「最初はそんな気持ちでいましたが、今のところ、出会った妖怪は悪戯好きではありますが、極悪ってわけではないので頑張れそうです」
「ピーッ!」
龍騎と会話をしていたせいで、小鳥の手が止まったため、小鬼が抗議し始めた。アイスも溶け始めたので、龍騎やちょう子に手伝ってもらい、自分で食べることのできない妖怪たちに食べさせた。
小皿についたアイスをぽちが舐め終えたところで、オーナーが小鳥の前に温かな緑茶を持ってきてくれた。
「緑茶は今までメニューにはなかったんですが、千夏さんがお好きだとチビや、わこたちから聞きましてね。千夏さん専用です」
「ピーッ!」
教えたよ! と言わんばかりに小鬼たちが鳴いた。小鳥の知らない内に小鬼たちがオーナーに小鳥が好んで飲食しているものを伝えていたらしい。緑茶と限定されているのは、座敷わらしのわこが祖母から小鳥の好きなものを聞いたのだろう。
(わこちゃんは自由に動くことができるものね)
「ありがとうございます。いただきます」
紅茶もコーヒーも好きだが、小鳥にとって一番心が安らぐ飲み物は温かな緑茶だった。夏場も麦茶ではなく冷たい緑茶を飲むほどだ。
(他のお茶も美味しいんだけど、やっぱり緑茶が好きだなあ)
湯呑みには可愛い鳥の絵柄が描かれていて、オーナーの心遣いを感じた。
「今日はいきしさんはいないんですか?」
「ああ。持ち歩くのが大変だし、人間の姿になったら、あいつは一人でフラフラ歩き出すから困るんだ」
「じゃあ今も歩き出しているんじゃ?」
「俺の家から出ないと人間の姿にはなれないんだ」
「誰かに持ち出してもらわないと駄目だと言うことですね」
見目麗しいあやかしになった時、妖怪が見えない人間の目で確認できるかできないかは、妖怪の気分次第だ。見せようと思えば見せることができるし、見せたくなければ見えないようにもできる。
説明を聞いた小鳥は頭の中で整理する。
(さっき、ちょう子さんは人の姿ではなく、発光して光で誘導しようとしていたのね。妖怪が見える私には人型に見えたけれど、ちょう子さんは提灯の灯りのつもりだった。だから見えていることに驚いたのね)
今まで妖怪を避けてきた小鳥には、初めて知る話ばかりで、とても興味深い。
「今まで何も知らなかったのか?」
「はい。私の父は妖怪が怖いんです。だから、母は私が傷つかなくていいように、妖怪が見えないふりをするようにと教えてくれました。私もそのほうが良いと思っていました。でも、おばあちゃんはそうじゃなかったから、どうしてかなって思っていたんです」
突然、話し始めた小鳥をオーナーや龍騎は無言で見つめる。小鬼や猫又たちも自分たちのことを言われているのだとわかり、無言で話を聞いていた。
「皆と出会って、おばあちゃんの気持ちがわかりました。人間同士でもわかり合えない人はいます。それと同じで種別が違ってもわかり合うことができることもあるんですよね。ああ、上手く言えなくてごめんなさい!」
「言いたいことはわかるから気にすんな」
龍騎は微笑むと、小鳥に手を差し出してくる。
「これからよろしく」
「よろしくお願いします!」
頭を下げ、手には触れずに握手をするふりをすると、龍騎が眉根を寄せる。
「握手したくないのは俺だからか?」
「握手したくないんじゃないんです! 触れたらイケメンアレルギーが出そうで!」
「何だよそれ」
「アレルギー反応を起こして好きになったら困ります!」
「何を言ってんのかわかんねぇ。握手するのは嫌じゃないんだな?」
「はい!」
小鳥が頷くと、龍騎は小鳥の手を握手するように握った。
「ヒィィィッ!」
男性に免疫のない小鳥は、奇妙な悲鳴を上げて顔を真っ赤にしたのだった。