応報
周囲を見渡すと、無数の同じ顔がひしめき合い、蠢いている。奴らは皆、無表情で目的も分からず、ただひたすらに歩き続けている。その異様な光景に俺は言いようのない嫌悪感を覚えた。
「俺は違う。お前らとは違うんだ」
心の奥底から叫びが込み上げるが、声にならない。俺はこの異質な群れに紛れ込んだ異物。奴らとは違う存在であることを、必死に主張したかった。
目の前に男が座っている。その顔は、無機質なほどに整っており、感情が読み取れない。男の瞳は、底なしの闇のように深く、俺をじっと見つめている。
「なぜ、あんなことをしたんだ」
男の声は静かで冷たい。まるで氷の刃が肌を滑るようなぞっとする感覚を受ける。
「蟻一匹なら、なんとも思わない。でも蟻が群れをなしているのを見ると、俺はそれを無性に踏み潰したくなる。だから俺は群れるしか能がない人間たちを爆弾で吹き飛ばしてやった。実に爽快だった」
俺は自分の犯した誇らしい罪を淡々と語った。男の表情は変わらない。ただ、その瞳の奥で、微かな光が揺らめいたように見えた。
「いったい何人死んだと思っている」
男の声に僅かに怒気が混じる。しかしそれは、俺に向けられたものではない。まるで人間の愚かさに対する嘆きのようなものだった。
「あんたは、誰なんだ」
俺は目の前の男に尋ねた。
「お前たち人間は私のことを閻魔と呼ぶ。死んだお前がどこへ行くのかを決める者だ」
閻魔。死後の世界の裁判官。しかし俺には、それすらももはやどうでも良いことだった。
「どうせ、俺は地獄行きだろう。何を悩む必要がある」
俺は自嘲気味に笑った。しかし閻魔は首を横に振った。
「お前には、地獄すら生温い」
閻魔の言葉に、俺は疑問を抱いた。地獄よりも酷い場所など存在するのだろうか。
「お前は、地上へと生まれ変わる」
「はっ、何を言い出すのかと思えば。また人間へと生まれ変わるというのか。お前はめでたい頭をしているな」
俺は閻魔の言葉を嘲笑した。しかし閻魔は冷たい視線を俺に向けた。
「誰が人間と言った。お前は・・・蟻だ」
蟻。その言葉が俺の全身を氷でできた針のように突き刺した。
「これから、何回お前が死んでも、お前は永遠に蟻へと生まれ変わる」
閻魔の宣告は、絶対だった。俺はもはや逃れることのできない、永遠の罰を言い渡されたのだ。
ふと周囲を見渡すと、そこは巨大な蟻塚の中だった。
無数の蟻が、同じ顔をして、同じように動き回っている。奴らは何を考え何を感じているのか。俺には分からない。ただその異様な光景が、俺を底なしの恐怖へと突き落とした。
鬱陶しい。ただ、ただ今の自分の置かれた状況が鬱陶しかった。
俺はこの蟻の群れから逃れようと、もがいた。しかし蟻塚は巨大で出口は見つからない。俺は永遠にこの中で蟻として生き続けなければならないのか。
しばらくは無駄な抵抗を続けたが、やがて、俺は考えることを止めた。思考を放棄し、感情を失い、ただひたすらに蟻として生きる。
俺は無数の蟻の一匹となり、群れに紛れて永遠に続く行進の一部となった。