好き好きタックン
「むき海老食べて」
声は割れるように、狭い台所で跳ねる。
「殻剥いて」と続く命令は、だれかの指先が震える音と重なる。
「ヒャックリ大魔法」
唐突に、誰かがしゃっくりをする。
それはまるで呪文のように、空気を揺らす。
「エッピバリー、バリア!」
不思議な言葉が飛び交い、壁を越えて響く。
守りたいものは何?
守られることは許されるのか?
「とんとんとん屯田兵」
遠くで響くリズムは、時間を刻む鼓動のよう。
足音は軽やかに街の影を縫う。
「すっちゃらかっちゃん」
意味不明な囁きが、煙のように立ち上る。
混沌と秩序の狭間で踊る言葉たち。
「二人羽織でよそ見する」
不器用な手がひとつ、またひとつ。
顔は真剣、その視線は遠く。
「好き好きタックン」
笑い声がこぼれ、空気はほんのり温かくなる。
好きという言葉は、静かな革命。
夜の街灯は揺れ、影は伸び縮みしながら、
無数の声が絡み合う。
むき海老の殻の音、しゃっくりの余韻、
不確かな言葉たちが一瞬の光となり、
空間を満たす。
「むき海老食べて」
繰り返される言葉が、記憶の裂け目を縫い合わせる。
物語はまだ続き、言葉は波のように押し寄せては引いていく。
それでも、誰かの声が確かにここにいることを告げる。
「好き好きタックン」
風がまた一つ、言葉を運び去る。
夜は深まり、物語は新たな章へと向かう。