私はつまり私であるという嘘
(画面:テレビに映る戦争映像。だが音声は、フランス語の詩の朗読。字幕は出ない)
女の声
ひとつの戦争は、ティッシュが床に落ちる音と同じだ。
だれもが知っているのに、だれも拾わない。
(画面が切り替わる。白いシャツの男=忠夫が、鏡の前でネクタイを締めている)
忠夫(鏡を見ながら)
歴史って何だ?
未来からロボットが来て、俺の観葉植物を倒すことか?
道鏡ロボ(背後に突然現れる。音楽が切れて真空のような静けさ)
観葉植物は象徴だ。君の無意識の中にある、
社会性と感情労働の境界線が可視化されたものだ。
忠夫
それより、さっきから鼻がムズムズしてるんだけど。
女の声(被せて)
存在は花粉である。
真理は鼻水のかたちで流れ落ちる。
(忠夫、盛大なくしゃみ。「びやくしょん」)
(画面フリーズ。カメラはゆっくりズームアウトしていく)
テロップ:
「この世界では、くしゃみだけが真実である。
残りはすべて編集だ。」
(画面は突然黒にフェード。ラジオのノイズ。無音。沈黙)
⸻
断章的モノローグ
(画面は古い白黒のフィルム映像。誰かが歩いている。足元だけが映る)
道鏡ロボ(ナレーション)
私は未来から来た。
過去を正すためではない。
未来が退屈になりすぎたからだ。
忠夫(声だけ)
じゃあ俺はなんだよ。
ただの中年男で、鼻水を垂らしてるだけだ。
道鏡ロボ
だからこそ、君が必要だ。
ロジックは疲れた。
感覚だけが未来を変える。
⸻
(最後に、ティッシュが風に舞いながら空を飛ぶスローモーション映像)
テロップ:
「このティッシュは、まだどこにも届いていない。」
(無音。暗転)