ポピーの狭間で
「ポピー……咲いているか?」
風が揺らす赤い花びらの群れを見つめながら、声は宙を彷徨う。
「ライオネル飛鳥美味しい」と、夜のバーカウンターの片隅で呟かれた言葉は、まるで霧のように透明で、すぐに溶けていく。
そのグラスの中にはグレートマダムの影が揺れ、時代の断片が映り込む。
「びっくりしたなあ、もう」
思わぬ瞬間に、心臓が跳ねる。
隣でワイルドガンマンが背中を押し、暗闇の中を疾走する。
「ピーピーピー」時計の音が切り裂く空気、時は無情に刻まれ、刻まれながら消えていく。
「足腰弱ってんな」と笑う声はどこか暖かくもあり、やがて遠ざかっていく。
その言葉は砂の城のように崩れ、空白の音符となる。
光と影、言葉の断片が散らばり、街の隅々に染み込む。
「ポピーの赤」と「ワイルドなガンマンの銃声」が混ざり合い、まるで幻のように揺らめく。
影絵のような人影が、まばたきの間に横切る。
「ライオネル飛鳥」という名が風に乗って漂い、記憶の片隅で美味しい香りを残す。
それは甘くも儚い、消えかけの幻灯機。
びっくりしたなあ、もう。
日常は不意に訪れる小さな奇跡で満たされている。
時計のピーピーピーは止まらず、
弱った足腰を引きずりながらも、彼らは歩みを止めない。
映画は続き、言葉は音楽となって踊る。
誰かの声がかすかに囁く。
「グレートマダム、今夜も舞台は揺れている」
そして、その声は風に溶けて消えていく。
真夜中の街は、揺れ動くフィルムのように止まらず、
赤いポピーの花びらが、時の裂け目から舞い落ちる。
闇と光、静けさと騒音が交錯する中、物語は再び始まる。
足音とピーピーピーの時計音、
そして、囁き声が重なり合う。
「それで、何が言えるってんだ?」
誰かが問いかける。
答えは風に消え、ただ赤いポピーだけが咲いている。