記憶の編集室
ガチャリ、と音がした。蛍光灯の光がじりじりと天井から照らす。
忠夫が目を覚ましたとき、そこはもはや「アニメティカ」ではなかった。
白く無機質な壁。カセットテープのような記録媒体が、部屋の四隅に山積みされている。壁には大きな編集機のような機械が埋め込まれていた。「記憶再生装置」とでも呼ぶべき代物だった。
「お目覚め?」
いつの間にか、チャイナドレスの女がすぐ隣にいた。彼女はどこか無表情なまま、ゆっくり忠夫に手を差し伸べる。
「ここは、あなたの“記憶”を整理・編集する部屋。ここでしか、本当の物語は書けないの」
忠夫は思わずその手を取る。すると、周囲の機械が一斉に作動した。
カチャ、カチャ、カチャ。フィルムが走るような音。ノイズ混じりの音声が、次々に響く。
「おまえ、ジークアクスってさ、ほんとはどこにあったと思う?」
「ベップ、わたし、あの時ほんとは……」
「オレ、実はおまえのこと、ちょっとだけ羨ましかったんだよなあ」
それは過去の断片だった。すべて忠夫の記憶。だが、どこか変調している。声が歪んでいる。映像が途切れている。
「記憶は編集されるものよ。都合のいいように。あなた、いつから“彼女”の顔を思い出せなくなった?」
そう言って、彼女は忠夫の目の前に一枚のスライドを映し出した。
それは、見知らぬ女の横顔だった。――いや、知らないはずがない。何度も夢で、現実で、彼のそばにいた女だ。
「彼女の名前、思い出せる?」
「……あや……み?」
違う。いや、もしかすると正しいのか。名前が泡のように、舌の先で崩れていく。
「思い出して。忘れたふりをやめて。あなたがそれをする限り、物語は閉じたままよ」
編集室の奥のドアが、音もなく開く。その先には、真っ黒な空間がぽっかりと広がっていた。なにもない。なにも見えない。
「……行くのか、俺は?」
「ええ。だってあなた、続きを書きたいのでしょう? 書くということは、記憶と向き合うことよ。楽しいだけじゃない。血と、汗と、忘却と、そして――少しの女たち」
忠夫は、何も言わずにその闇の中へと一歩踏み出した。
足元は硬くも柔らかく、どこか液体のようで、乾いた紙のようでもあった。