オタクたちの宴
その日、別府忠夫は珍しく人と会う約束をしていた。
高校時代のオタク仲間がひさびさに集まるというのだ。会場は、町の外れにひっそりとあるカラオケバー「アニメティカ」。ネオンは消えていたが、看板には「今日もキミの推しに会えるヨ★」と手書きのチョーク文字が残されている。
店に入ると、すでに何人かがソファに陣取っていた。誰もが少し老けていたが、目の奥にあの頃のままの光を宿していた。
「忠夫、おまえまだあの“幻のゲーム”探してんのかよ?」
「ジークアクスって結局、存在しなかったんじゃないの?」
口々に投げられる言葉に、忠夫は苦笑いしながらビールをあおった。彼の心はどこか、ここにいない。
ふと、テーブルの端に目をやると、そこに見知らぬ女が座っていた。
つややかな黒髪、濃いめのアイライン、アーモンド形の瞳。そして――肌にぴったりと沿った赤いチャイナドレス。
彼女は、昨日フィギュアとして“現れた”あの女に、瓜二つだった。
「…誰?」
誰にも聞こえない声でつぶやいたが、彼女はこちらに向かって微笑んだ。
「わたしは、あなたの記憶から生まれた。忠夫。」
ぞわり、と背中を冷たい風が撫でる。仲間たちは誰も、彼女の存在に気づいていないかのようだった。いや、もしかすると、彼女は“存在していない”のかもしれない。
「ねえ忠夫、昔のコスプレ写真、まだ持ってる?私、セーラー戦士のやつとかもう一回見たいなぁ〜」
別の女の声が飛ぶ。ふり返ると、そこには、まるで初期の比嘉愛未みたいな、くっきりとした顔立ちのフィリピン女性が立っていた。
忠夫は思わず口をつぐむ。彼女にも覚えがある。しかし――どこで会った?
声がにぎやかになり、酔いが回り始め、彼の視界はかすかに歪んでくる。
歌う者、叫ぶ者、踊る者、泣く者。
「忠夫〜! あんた、ほんと何者なのよ!」
そう言って笑った誰かの顔は、テレビの砂嵐にかき消されるように崩れ落ちた。
気がつけば、別府忠夫はひとり、アニメティカのテーブルの上に突っ伏していた。カラオケの機械は止まり、誰の声もしない。
ただ、耳元にこうささやく声があった。
「忠夫……わたしを思い出して。そうしないと、あなた、書けなくなるわ」
忠夫はそっと顔を上げた。目の前に、昨日と同じチャイナドレスの女が、にこりともせず立っていた。