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退屈と難解  作者: 牧亜弓
別府忠夫の8½
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オタクたちの宴

その日、別府忠夫は珍しく人と会う約束をしていた。


高校時代のオタク仲間がひさびさに集まるというのだ。会場は、町の外れにひっそりとあるカラオケバー「アニメティカ」。ネオンは消えていたが、看板には「今日もキミの推しに会えるヨ★」と手書きのチョーク文字が残されている。


店に入ると、すでに何人かがソファに陣取っていた。誰もが少し老けていたが、目の奥にあの頃のままの光を宿していた。


「忠夫、おまえまだあの“幻のゲーム”探してんのかよ?」

「ジークアクスって結局、存在しなかったんじゃないの?」


口々に投げられる言葉に、忠夫は苦笑いしながらビールをあおった。彼の心はどこか、ここにいない。


ふと、テーブルの端に目をやると、そこに見知らぬ女が座っていた。


つややかな黒髪、濃いめのアイライン、アーモンド形の瞳。そして――肌にぴったりと沿った赤いチャイナドレス。

彼女は、昨日フィギュアとして“現れた”あの女に、瓜二つだった。


「…誰?」


誰にも聞こえない声でつぶやいたが、彼女はこちらに向かって微笑んだ。


「わたしは、あなたの記憶から生まれた。忠夫。」


ぞわり、と背中を冷たい風が撫でる。仲間たちは誰も、彼女の存在に気づいていないかのようだった。いや、もしかすると、彼女は“存在していない”のかもしれない。


「ねえ忠夫、昔のコスプレ写真、まだ持ってる?私、セーラー戦士のやつとかもう一回見たいなぁ〜」

別の女の声が飛ぶ。ふり返ると、そこには、まるで初期の比嘉愛未みたいな、くっきりとした顔立ちのフィリピン女性が立っていた。

忠夫は思わず口をつぐむ。彼女にも覚えがある。しかし――どこで会った?


声がにぎやかになり、酔いが回り始め、彼の視界はかすかに歪んでくる。

歌う者、叫ぶ者、踊る者、泣く者。


「忠夫〜! あんた、ほんと何者なのよ!」


そう言って笑った誰かの顔は、テレビの砂嵐にかき消されるように崩れ落ちた。


気がつけば、別府忠夫はひとり、アニメティカのテーブルの上に突っ伏していた。カラオケの機械は止まり、誰の声もしない。


ただ、耳元にこうささやく声があった。


「忠夫……わたしを思い出して。そうしないと、あなた、書けなくなるわ」


忠夫はそっと顔を上げた。目の前に、昨日と同じチャイナドレスの女が、にこりともせず立っていた。


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