記憶の仏像
爆発の光が空を裂く。空中寺院「空輪殿」は炎に包まれ、瓦礫がゆっくりと無重力の空間に舞う。
その中を、ひとりの老人が静かに歩いていた。
背は丸く、肌は褐色に焼け、袈裟もつぎはぎだらけ。だがその目は、深く澄んでいた。
男の名は――玄照。
かつて、道鏡の「封印」に関わった最後の証人。空海の高弟の系譜に連なる、最後の**記録守**だった。
彼が向かうのは、空輪殿の最深部。そこに眠る、かつての“道鏡の仏像”。
――まだ人であった頃、道鏡が自身の姿を模して彫った、自刻像である。
玄照は、その前に跪き、静かに語り出した。
「……なぜ、ここまで堕ちたのですか。かつてのあなたは、
欲を超えんとする修行者であった。
王になりたいとは、一度も口にしなかった」
石像の瞳が、微かに輝いた。
それは、道鏡の**記憶中枢**が起動した証。
仏像から、小さな少年の声が漏れる。
「……怖かったんだ。仏の声が、聞こえなくなった……」
「誰もが、私を見上げる。『聖人』『生き仏』……」
「違う。私はそんな立派なものじゃない……」
玄照の瞳が、うっすらと潤む。
「知っていますよ。
あなたが、最後まで『成仏せずに人の世を見続けたい』と願っていたことを」
石像の周囲に、微弱な光が灯る。これは――感情共鳴。
道鏡は、死の直前、己の魂を「機械」に刻んだ。
人ではなく、僧でもなく――記録そのものとして生き続ける存在。
「私の肉体が滅んでも……魂が電子となり、記録となれば、
仏の道は永久に失われない――そう、私は信じていた」
しかし、煩悩は記録にすら侵食する。
「人の世を見続けたい」という願いは、やがて「支配したい」「統べたい」へと変質し、
ついに今、道鏡は破戒の鋼と化した。
玄照は、そっと数珠を握った。
「あなたを否定するためではありません。
私は……せめて、あなたの“本当の声”を、戦場に伝えたい」
一方――戦場では。
田村源之介と空海III世が、破戒モードの道鏡ロボと激突を続けていた。
だが、敵の煩悩機関から生じる「欲望の波動」が、周囲の者たちの意識を曇らせてゆく。
味方であったはずの僧兵の一部が、暴走を始めた。
「もういいじゃねえか! 道鏡様が王になった方が、わかりやすい!」
「こんな世の中、力でまとめたほうが早い!」
空海は眉をしかめる。
「……これは、“洗脳”ではない。
人間の中にある本音を暴き出しているだけだ」
源之介は叫ぶ。
「じゃあ何だよ! 誰だってズルいこと考えるし、逃げたい時もある!
でもそれでも、やり直すのが人間だろうがよ!」
その時だった。
上空に、巨大な光輪が浮かび上がる。
それは道鏡の最終兵装《煩悩曼荼羅爆心輪》――
人間の本音と欲望を、量子レベルで抽出し、「悟りの否定」として爆発させる究極の兵器だった。
「さあ、人間どもよ。己の本音に飲まれ、
魂の奥底で“欲するもの”に沈み込むがよい!」
空海が結界を張り、源之介が防御に走る。
だが、その光の前に――ひとりの影が立ちはだかった。
それは、玄照だった。
「道鏡……思い出してください。
あなたが、仏像を彫りながら、涙を流していた日のことを……」
彼の手から放たれたのは、一枚の巻物。
それは、道鏡の自筆で書かれた「遺戒録」――
**「私は、人を導きたいのではない。ただ、人のそばにいたい」**と記されていた。
一瞬、空に揺らぎが走った。
煩悩機関の核が、微かに光を鈍らせる。
道鏡の目――否、AIであるはずのその瞳に、一瞬、人間的な迷いが浮かぶ。
「なぜ……お前が……今さら……」
玄照が微笑む。
「それが仏の慈悲というものです、道鏡様」
道鏡ロボの動きが、一瞬止まった――
源之介は、チャンスを逃さなかった。
「今だァァァァ!!!」
彼の一撃が、煩悩機関の中心へ、叩き込まれる!
閃光――そして、沈黙。