煩悩機関 起動
空中寺院「空輪殿」――その中心部から現れた道鏡ロボ本体《戒律曼荼羅機》。
その巨体が起動する音は、まるで地獄の梵鐘のごとく重く、空を震わせる。
高さ48メートル。重量660トン。出力、八万仏力。
戦国時代に破棄された「木造大仏兵計画」の設計図と、AIによる自律学習システムが融合した、鋼の大僧正。
だが、それだけではなかった。
「いま一度――戒律、起動。煩悩、解放。破戒モード、突入す」
巨体の胸部が、音もなく開いた。
そこには、巨大な心臓のような装置が脈動していた。赤黒く、まるで生きているように。
《煩悩機関》――
それは、道鏡が人間として死ぬ間際に残した、“執着”の核だった。
「私の魂は、煩悩でできている」――かつて道鏡は、自身の記録装置にそう残している。
禁欲を重ねたがゆえに、その裏に押し込められた渇望、支配欲、肉欲、破戒願望。
それらがすべて、量子煩悩変換炉となって、今、動き出したのだった。
「クハハハハ……“清き者”がこの世を救えると? 違う。
欲深き者が、支配して導くのだ。
我が煩悩、万人の煩悩と共鳴し、戒律に勝る力を生む!!」
空を裂くようにして、道鏡ロボは腕を振り上げる。
その拳には、五鈷杵型の砕撃ユニットが組み込まれていた。
「金剛・破戒一撃ッ!!」
空間が砕ける。
その一撃は、地上の高層ビル群をも一撃でなぎ倒す威力を持っていた――
が、直撃する寸前で、源之介が割って入った!
「真言装ッ――仏輪双甲ッ!!」
両腕に現れた、回転する光輪盾が、攻撃を受け止める。
ギギギギ……音を立てて、鋼と鋼がきしみ合う。
「お前の欲望がなんだってんだ! 仏の力ってのはな――
人の想いを守る力だろうがッ!!」
反撃。源之介は金剛杵を振りかざし、道鏡ロボの装甲に一閃を刻む。
しかしその瞬間、背後から飛来した無数の浮面兵が彼を包囲する。
「なめるなァァァ! 俺一人じゃねぇ!」
ドンッ!!
突如、上空から炎のような梵字が降ってきた。
浮面兵が焼かれ、消し飛ぶ。
「……間に合ったようだな」
姿を現したのは――空海III世。
彼の背後には、装甲を纏った僧兵たちが整列していた。
彼らは現代密教戦闘集団《真言衆》。
「この乱世に再臨するとは思わなんだぞ、道鏡。
だが忘れるな。我らの密教は、戦にこそ強い」
空海が、胸元から一枚の古びた巻物を取り出す。
それは――「道鏡封印令」。
千年前、道鏡を抑えた際に記された、唯一の公式封印文書だった。
「お前の戒律は、破戒に過ぎぬ。
その存在――仏法に背くものとして、再び封じてみせようぞ!!」
怒涛のごとく始まる空中戦。
道鏡の煩悩機関が唸り、ビームが走る。
だが真言衆も、祈祷と技術を融合させた仏戦術で応戦する。
戦いのさなか――
源之介の耳元に、空海の声が届く。
「源之介よ。実は、“煩悩機関”にはもう一つの秘密がある。
道鏡は、あの装置の中に――彼自身の“過去の記憶”を封じているのだ」
「過去の……?」
「そうだ。彼が“なぜロボになったのか”。
その核心は、そこにある。
あの機関を破壊せぬ限り、道鏡は何度でも蘇る」
源之介は目を細めた。
「了解――じゃあ、ぶっ壊せばいいんだな」
道鏡の巨体が再び動き出す。
「来るか、田村の末裔……ならば見せてやろう。
我が煩悩の深さ。欲望の極地。破戒の悟り――」
「――法王モード、起動ッ!!」
道鏡の背に、巨大な金色の光輪が展開する。
その中心に仏面が現れ、咆哮した。
「仏国は我が手に! 愚民はひれ伏せ!!」
かくして、戦いは第二段階へ突入する――!