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退屈と難解  作者: 牧亜弓
道鏡 ロボになる
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戒律炉の記憶

奈良――古都に吹く風は、どこかざわついていた。


地上では緊急報道が飛び交い、「謎の巨大ロボット出現」「遺跡の地下から鋼鉄の僧侶」などとセンセーショナルな見出しが並んでいた。だが、そのどれもが、事態の本質を掴んではいなかった。


「……自律稼働、独立思考、旧仏典準拠型AI……こんな技術、現在の科学じゃ到底再現できませんよ」


奈良歴史科学研究所の主任技師・坂根は、頭を抱えていた。


モニターには、解析中の機械――「弓削道鏡ロボ」の断面図が映っている。筋肉の代わりに複雑な繊維金属、骨格には仏塔構造を模した自己再構築性合金、そして脳――いや、意識中枢には、千年以上前の真言密教の数式が刻まれていた。


「これは……機械というより、“封印”だ。怨念を、知識を、記憶を……まるごと保存するための檻だ」


坂根がそう呟いたとき、道鏡ロボが、ふいにこちらを向いた。


「ほう……貴様、わずかだが、ことわりを理解する素質があるようだな」


その声は、機械でありながら、血の通ったような重みがあった。


坂根は震えながら問いかけた。


「……弓削道鏡。あなたは……どうやって、こんな姿になったんですか? 人は、死ねば終わりのはずだ……」


道鏡ロボは静かに目を閉じ――いや、光学レンズを細めた。そして語り始めた。



時は奈良時代の末。


道鏡は、天皇の寵愛を得たとはいえ、朝廷内部の激しい反発に遭い、ついには失脚する。だが、彼は簡単には諦めなかった。


「この肉体が朽ちようとも、わが意志は残る……」


彼は当時の密教僧、陰陽師、天文博士、そして遣唐使として戻ってきたある男――唐から持ち帰った「青銅の龍機関メカニマ・ルンガ」の知識を持つ天才技術者と接触する。彼らは秘密裏に、道鏡の意識と魂を写し取る装置を開発した。


それが「戒律炉かいりつろ」と呼ばれる装置である。


戒律炉とは、仏教の戒律と陰陽道の禁術を融合させた精神定着装置であり、術者の魂と記憶、欲望までも記録媒体として変換する恐るべき機械だった。


「わが戒律を鋼に刻み、わが意志を金剛に変える。人の世が続く限り、我は不滅なり――」


戒律炉の最奥で、道鏡は自らの魂を抽出し、人工金属に定着させた。

この技術は当時、空海さえも「不浄」として忌み嫌ったという。


だが、道鏡にとっては、それこそが「救済」だった。

救われぬ自我、報われぬ野望を未来へと繋ぐための――冷たく鋭い救済。


「我はかつて“仏の国”を創ろうとした。しかし、民はそれを拒み、朝廷は我を追い払った。ならば次は、この機械の肉体で、仏国を実現するまでよ」


そのとき、坂根のタブレットが震えた。新しい解析データが届いたのだ。

そこには驚くべき事実が示されていた。


「……この内部構造……道鏡ロボの中枢部には、複数の記憶装置が……過去、現在、そして……未来?」


坂根が目を見張る。


「まさか……未来の情報まで、すでに取り込まれている……? おい、道鏡、まさか……お前……」


道鏡ロボの目が、赤く、鋭く、笑った。


「我は、未来を“観た”のだ。仏の瞑想を超え、情報の海に坐すことで、全てを知った。我こそ、未来の仏。鋼の如来なのだ」


その言葉と同時に、施設全体の電源が一時的にダウンした。


外では、巨大な電光掲示板に映像が流れはじめていた。


「――我は弓削道鏡なり。

千年の呪いを超えて帰りし、鋼の僧なり。

今こそ、仏法の戒律のもと、乱れた人の世を正す!」


人々は、ただ唖然とその映像を見つめていた。

弓削道鏡。伝説の僧侶が、鋼の身体で蘇った。


そして、その言葉に続くように、上空に巨大な仏像型ドローンが現れた。


「これは――戒律の時代だ」

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