鋼の大僧正
時は近未来。奈良県、かつての平城京跡にて――
「ここだ……間違いない……」
発掘調査団の男が、地下に口を開けた黒い空洞を見つめていた。千年以上ものあいだ、地層の奥深くで眠っていた異物が、人工衛星の地熱探査によってついに発見されたのだ。
発掘班のライトが照らす先に、巨大な金属製の棺があった。表面には風化した仏教経文のような文様が刻まれ、中央には奇妙な文字列。
《ユゲ・ドウキョウ》
《弓削道鏡霊性保存体 第壱形式》
「おい、これ……まさか、道鏡!? あの道鏡か!? ロボかよ!? 嘘だろ!?」
そう叫ぶ学者の声と同時に、棺から機械音が鳴りはじめる。
キィィィィィ……ゴゴゴゴ……
棺が、ひとりでに開いた。蒸気が噴き出し、青白い光の中から、鋼鉄の僧侶が起き上がった。
「うぬら……千三百年の眠りを……妨げたか……」
それは確かに「道鏡」だった。少なくとも、古文書に残る肖像に酷似していた。だがその姿は、皮膚の下に金属フレーム、内臓の代わりに駆動機関を抱えるサイボーグ僧侶だった。
彼はひとつ、目を開けた。人の目ではない。光学センサーに仏の印を組み合わせたような眼。
「われは、道鏡。人工義体第八代。帝位に座すべく、再起動を果たした。」
調査員たちは言葉を失った。
「お前は……なぜ、そんなものに……なった……!? 人間だったはずだろう!?」
その問いに、道鏡ロボは静かに語り出した。
⸻
――奈良時代末期。道鏡は称徳天皇(孝謙天皇)に寵愛され、一時は帝位を狙うほどの権力を手にした。
だが、反対派により失脚、下野に流され、孤独と無念の中で命を落とした。
しかし、彼は死してなお、己の精神を秘術と禁術によって保存していた。
空海、吉備真備、陰陽道の術者たちが交錯した時代、道鏡は密かに仏教テクノロジーと術理錬金による「霊性の複製」に成功していたのだ。
その意思は、奈良の地下深くに建設された**禁断の“戒律炉”**に封印された。そこでは、人工心臓と、鋼鉄製の身体(金剛肉身)が未来技術を先取りして設計されていたという。
「わが野望は……途絶えてなどおらぬ。時代が、ようやく我に追いついたのだ」
道鏡ロボは静かに立ち上がり、腕を天に掲げた。指が変形し、法輪のような形の砲塔が姿を現す。
「再び我が手に、天下を……!」
その瞬間、奈良の空が雷光に裂け、鋼の僧正の復活が、正式に告げられた。