そもそも道鏡ロボってなんだよ(笑)
何か、昨日書いた熱血聖徳太子烈伝の話に出てきた、道鏡ロボがこっちの小説の中にも侵入してきたちゃって、横山光輝のジャイアントロボみたいなことになっているんだけど、もう、この作品はそれを笑うだけの作品と割り切っていただくと良いのかもしれない。
別府忠夫は、もう、いろんな作品を手を出すが、無理に終わらさないで、途中で放置するのもまた良きかな、なんて思い始めている。それはそうと、YouTubeで、ちあきなおみの喝采のショート動画を出したら400も再生されたから、ちょっと、今度は、ナットキングコールの「手紙でも出そう」でも歌おうかなんて思っている。
ま、それは置いといて、こうやって偶然で面白いものができてくるのはいいのだが、今回の章の短編みたいに誰かのパクリっぽいものを回されるのもしんどいなあとおもうので、そこら辺。なんとかしないといけない。俺の中では、ルイス・ブニュエルの世界が再現できるのかなあって思ったら、これはカフカの偽物みたいな作品群じゃねえか。
まあ。別に、これ暇つぶしだし、こんなんでお金儲けする気は無いので、いいっちゃー、いいんだけどさ。今時、AIやるんじゃねえって、怒る人もいないだろうし。あいつら、絶対、AI使っているんだろうなあってのが、確実にあるし、そもそもアイデア出しの部分でAI使えちゃうし、そう考えるとほんと小説とかに未来はないなあ。
ま、中世では、作品ってのは、個人に帰属してなかったし、その前は、物語として、多くの人に共有されていたんだから、その時代に戻るだけじゃんって言ったら、それまでの話なんだけどさ。本当に、そういうものだと思いますので、でも、田中慎弥さんの動画とか見ちゃったら、なんかかっこいいよねえ。彼。孤高の男で、AIなんか使わない。そもそも、コンピューター使わないなんて。俺も鉛筆かきの方がいいかも。確かにたまにやると、楽しい。