表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退屈と難解  作者: 牧亜弓
鼻水考
22/100

鼻水論 幸田露伴

人間たるもの、天地のあいだに在って、四時の移ろいを身に受けぬことはなし。

春の微寒、秋の燻冷くんれい、さればこそ、鼻水というもの、常に人とともに在る。


世において、これを下賤なりと侮る者あり。されど我は曰く、鼻水、これ人の情を映す鏡なり。


憂いに伏す時、はからずも鼻水を啜る。歓びに興じたる折にも、ふと流れ出づることあり。風邪の兆しとて軽んずべからず。いはば天地の気、人体の外に溢れいずる形象なればなり。


思うに、古の賢人にしても、風寒を受けざる者なし。孔子の如きも、晩秋の旅に鼻水をすすりつつ、子路に説教せしこともあらん。老荘にいたりては、むしろ鼻水をもって自然の気の流転を感ずるよすがとせしも、想像に難くはなし。


現代の人、これを忌み、拭い、捨てる。さもあらばあれ、一滴の鼻水にすら、宇宙の理は宿る。その滴、もし顕微鏡にて観察すれば、細菌あり、塩分あり、生命の証のごとくにして、まこと微細なる世界の縮図なり。


まして、文学を志す者においては、鼻水をも筆にせねばならぬ。

鼻水を語らずして、人間を語ること叶わず。涙を語って鼻水を黙するは、片手落ちなり。


わが若き日、隅田川の岸にて筆をとりしとき、冬の寒さに鼻水垂れぬ。されど我は、これを拭わず、紙に滴らせて記す。

「此の一滴、我が今日の真情なり」と。


かくのごとく、鼻水なるもの、人の生を貫く。

賤しむなかれ。笑うなかれ。鼻水を以て人間を識る者、すなわち真の知者なり。


 


――了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ