アンダルシア忠夫
(イェーイ)
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画面は真っ黒である。音はない。数秒後、ゆっくりと映るのは、別府忠夫の顔である。片目を閉じている。手にはバイオリンの弓。
その弓で、巨大な鼻孔を切ろうとしている。
切られるのは忠夫自身ではない。道鏡ロボの顔に埋め込まれた象徴的鼻孔である。
スパッ――と音がして、空は曇天に変わり、牛車を引く司祭たちが通り過ぎる。忠夫は笑う。なぜかその笑い声に**「イェーイ」**が混じる。
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つぎの場面。
忠夫はカフェにいる。テーブルにはコップが三つ。ひとつには水、ひとつにはワイン、もうひとつには鼻水。
「どれが本物か?」と誰かが問う。誰かは見えない。
忠夫は答える。「全部、嘘です」
そのとき、テーブルが爆発し、空から巨大な手が落ちてくる。その手には「倫理」と書かれている。だが、指の一本がチョコレートでできている。
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場面転換。
忠夫が歩く路地。足元には詩のような形をした影が落ちている。
彼の後ろから、道鏡ロボ(目が6つある)が追いかけてくる。だがその足取りはダンスのようだ。ワルツのリズムである。
忠夫は振り返り、言う。
「退屈という名の天使が、毎夜ぼくの耳を食べに来る」
道鏡ロボは立ち止まり、静かに「イェーイ」と言う。
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場面はまた切り替わる。
教室。壁には巨大なカントの肖像画。しかし、その顔がゆっくりと忠夫に変わっていく。生徒たちは全員、後ろ向きに座っている。教科書には「意味は錯覚」と書かれている。
その瞬間、窓からピンク色の馬に乗った道鏡ロボが突入。教師役の忠夫に向かってチョークを投げつける。
「この国の文学は、まだくしゃみを我慢している!」
忠夫は答える。「イェーイ!」
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ラストカット。
忠夫と道鏡ロボが海辺に埋められている。首まで砂の中。空は美しく晴れわたり、遠くからバイオリンの音が聴こえる。砂の中で、忠夫が笑う。
「退屈もまた、夢であってほしかったな……」
道鏡ロボが目だけを動かして答える。
「わかる、イェーイ」