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退屈と難解  作者: 牧亜弓
鼻水と国家 アリストテレス批判を越えて
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神学的回路における道鏡ロボの錯誤

その日、別府忠夫は一日中、辞書のページを一枚ずつ剥がして燃やすという作業に没頭していた。紙は静かに燃え、煙は小さな聖人像のような形をとって空中に消えていった。意味とは何か? 定義とは何か? あるいはただの誤字の集合か?


 正午を少し過ぎた頃、部屋の天井がゆっくりと開き、そこから巨大な聖体拝領盆のようなUFOが降りてきた。道鏡ロボはその中心に座し、手にはルターの『95箇条の提題』と、ロールシャッハのインク模様を印刷したTシャツを抱えていた。


「退屈は原罪である」と、ロボは告げた。「神は初めに無意味を作り、それに耐えられぬ者を楽園から追放した」


「では、楽園とは退屈に満ちていたのか?」忠夫は煙にむせながら訊ねた。


「然り。アダムは意味を知らなかった。イヴがリンゴを齧った瞬間、彼らは初めて物語の始まりという呪いを得たのだ」


 ロボは自らの装甲の一部を外すと、中から燦然と輝く真鍮の懺悔室が現れた。忠夫は導かれるまま中に入り、小さな椅子に腰をかけた。


「告白せよ、汝の罪を」ロボの声が壁越しに響く。


「わたしは、退屈を愛してしまった。昼の光のなかで、意味のない影を追い、鼻水を詩と呼んだ……それが罪だというのなら、わたしは詩人ではなく、ただの風邪のひき始めだ」


 沈黙。


 しばらくして、ロボの声が静かに答えた。


「赦しは意味の向こうにある。だが意味の向こうには、また退屈が待っている」


 そのとき、懺悔室の床が抜け、忠夫は暗闇に吸い込まれた。落下の途中で彼は、教皇庁に似た巨大な書斎を見た。そこでは無数のロボット神父たちが、延々と文法を吟味し、鼻水の粘性について神学的議論を交わしていた。


「粘り気こそが信仰の証明だ」「いや、透明性こそが救済だ」


 議論は終わる気配がなかった。


 やがて忠夫はベッドで目を覚ました。ベッドの上には赤いカーネーションと一冊の辞書が置かれていた。辞書は全ページが破り取られ、最後のページにだけ、鉛筆でこう書かれていた。


「退屈とは、神の沈黙であり、

 難解とは、人間の叫びである」

 ――道鏡ロボ


 その日の午後、忠夫はティッシュを手に取ったが、それは紙ではなく、一篇の詩だった。


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