BEPPU / FRAGMENTS
16ミリ。カラー。字幕は時々ズレる。
音はインタビューとバルコニーの風。
フィルムの傷はそのまま。
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0:00:01
画面に白黒の文字だけ:
《別府忠夫——名もなきくしゃみ。国家もまた、鼻をすする》
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0:00:10
バルコニーに一人。彼が忠夫だ。だが我々にはその名は関係ない。重要なのは風の音だ。
彼は鼻をかむ。
ティッシュのメーカーは不明。だが政治性がある。スコッティか、ネピアか、それが問題なのだ。
忠夫:
「私は国家ではないが、国家よりも頻繁にくしゃみをする。
つまり私は、自己言及的に言えば、くしゃみである。」
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0:01:42
新聞の切れ端が飛ぶ。見出し:
「AIによる立法」
もう一枚:「道鏡ロボ、未来より襲来」
忠夫は笑う。だが、どこにも笑い声は入っていない。
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0:02:55
インタビューの声が被さる。まるで60年代の若者に問いかけるかのように。
Q:あなたにとって、ティッシュとは何ですか?
忠夫:
「それは……自由だ。
鼻水が、どこにでも流れていけるための、自由。」
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0:04:12
映像はカラーから白黒へ。
画面に突然、道鏡ロボが現れる。段ボールと銀テープで作られたボディ。彼は詩を読む。
ロボ:
「われは未来より来たる。鼻水の監視者として。
おまえの鼻腔には自由がありすぎる。」
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0:05:47
忠夫、バルコニーから転び落ちる。
だがカメラは落下を追わない。
代わりに、空に浮かぶくしゃみの音が反復される。10秒間。
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0:06:33
字幕:
《くしゃみとは、内側からの革命である》
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0:07:00
映像終了。
無音のまま、1分間、黒画面。
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0:08:00
クレジットが逆再生で流れる。
名前のかわりに「国家」「鼻」「不安」「湿気」とだけ記されている。
音楽はシューベルトの断片。
途中でフェードアウト。
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補記:ゴダール風解説(架空)
「別府忠夫は個人ではない。彼は、近代国家が見落としたくしゃみであり、
見えない公共空間の咳払いである。
本作は『映画ではない映画』として、彼の生を編集し損ねたまま記録する試みである。」