次章は 鼻水と国家 です
(画面:白。ゆっくりと映像がフェードイン。誰もいない部屋。時計の音だけが響く。観葉植物が傾いている)
ナレーション(女の声)
世界が音を立てて崩れるとき、
それはティッシュの箱が空になるときと同じ音だ。
忠夫(OFF、鼻声)
くしゃみがしたいのに、出ない。
この不発こそが、俺という人間の核心なんじゃないか。
(画面:忠夫、正面に立つ。彼の後ろに、道鏡ロボが黙って立っている)
道鏡ロボ
くしゃみは、自己の境界線が曖昧になる瞬間である。
鼻腔が開くたび、存在は問い直される。
忠夫
うるせぇ。
だったら、ティッシュ取ってくれよ。
(道鏡ロボ、ティッシュを差し出す。BGM:ベルリオーズ『幻想交響曲』第四楽章の冒頭が流れるが、すぐにノイズ混じりにフェードアウト)
⸻
フラッシュカット:
•忠夫の幼少期の写真(顔は映らない)
•未来の東京を歩くロボたち
•倒れ続ける無数のガジュマル
•白い壁に「退屈とは抵抗である」というスプレー文字
⸻
忠夫(画面の中の誰かに向かって)
なあ、君は本当に未来から来たのか?
それとも俺の退屈が作り出した幻影か?
道鏡ロボ
意味は時空を超えて漂う。
私は…君の「くしゃみ」の延長線上に生まれた。
つまり、私は「お前の花粉症の夢」なのかもしれない。
忠夫(微笑して)
だったら、もっと優しくしてくれ。
⸻
(突然画面にタイプ音。モノクロに切り替わり、活字が打ち出される)
タイプされた文章:
「この映画に物語はない。
あるのは、くしゃみの予感と、倒れる植物の不安である。」
⸻
最後の断片
(画面:バルコニーの外。風が吹いている。ティッシュが1枚、空へ舞う)
ナレーション(女の声)
意味は飛ぶ。
言葉も、感情も、
ガジュマルの鉢さえも。
⸻
黒画面。字幕:
« La réalité est ce qui nous tombe dessus pendant qu’on cherche un mouchoir. »
―「現実とは、ティッシュを探しているあいだに、上から落ちてくるものだ。」