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第8話 槍山聖

 打ち上げの翌日、美保留の担任らしき人物から電話がかかってきて、進路のことで話があると言われ学校に呼び出しを受けた。

 要件は、アイドルのオーディションの進捗の確認だった。

 電話ですますことができそうな簡単な要件だったが、美保留の担任の幕外教諭はとても熱心な先生で、一時間にわたり進路についてあれこれ説教されてしまった。

 アイドルになれなかったらどうするんだと聞かれ、オカルト雑誌の記者か、お団子屋さんと答えたときは、頭を抱えて「美保留は成績はいいんだから、いまからでも進学を目指して、大学に入って選択肢を増やしていくのもわるくないはずだ」と、誰でも思いつきそうな堅実なことを言ってはいたけれど、一次審査を通過したことを伝えてときは自分のことにように喜んでくれていたから、いい先生なんだなあと思った。


 用事がすみ、学校でやることなんかないから、すぐに家に帰ろうとしたのだが、グランドを横切っている途中に男子生徒に声をかけられて告られた。

 その告ってきた男子生徒言うのが、李子の元彼の槍山聖やりやまこうきだった。

 直接、実物を見るのははじめだったが、何度か李子に写真を見せられたことがあるので見間違いようはない。

 奴は、一昨日李子をふったにも関わらず、李子の友達である人間に「キミのことをがずっと好きだった。俺の彼女になってくれないか」と、まるで一緒にジョギングでもしないかと誘うかのように、さわやかに告ってきた。

 一言「あっ、無理です」ですませてもよかったのだけれど、一昨日の夜からこの男に対するヘイトがたまる一方だったため、普通にふるのはなんか負けた気がすると思ってしまったのだ。

 だから「うーん、いきなりそんなこと言われても困るんだけど」とあいまいなことを言って「でも、せっかくだから野球で勝負してみない。槍山君てすごく野球が上手なんでしょ。わたし、ソフトボール部だったから、大学に推薦される高校球児がどんな球を投げるかみてみたいんだ」といい、野球勝負に誘導した。

 ねじ曲がった根性の根源が自分への自信ならその自信をへし折ってやりたくなったのだ。

 こちらはマイナーリーグに挑み続けた10年以上の経験がある まあ、ホームランとは言わないが、この身体でも高校球児の球なら前には飛ばすことができる自信はあった。

 相手からしたら女子ソフト部の野球をやったことのない人間から、自信のある自分の球をバットに当てられて「こんなもんなんだ」と言われたら、プライドが傷つくだろう。

 そんなこちらの意図など知らない槍山は、勝負をのりのりで快諾すると、馴れ馴れしくこちらの手をつかんで野球部の練習の方に引っ張っていった。


 槍山聖は、さながら野球部の絶対権力者だった。

 槍山が監督に事情を話すと、練習は当然のように中断され、野球未経験のソフトボール女子に元野球部のエースとの一打席勝負の準備がすぐにされた。

 槍山は、こちらからの勝負の要望はなんでも気前よく飲んでくれてた。

 槍山が1アウトをとれば槍山の勝ち、こちらが前に飛ばすことができれば、ゴロでもこちらか勝ち。

 槍山からしたら、ナンパした相手に自分の魅力を見せつけるボーナスタイムくらいののりだろう、肩もつくらずにマウンドに立った。

 槍山が投じた、高校生にしてはそこそこ早いストレートだったけれど、あきらかに手抜きで球威もなく、コースもど真ん中。

 前に飛ばすのは簡単だけど、わざと自分の真上にボールがあげて、打ったボールを素手でキャッチをして、槍山に投げ返した。

 手抜きのボールを前に飛ばして喜んだら、逆にこちらが勝負に負けたような気持になる。

 こちらの目的は、槍山の勝負に勝つのではなく、槍山の自信をへし折って根性を叩き治すこと。

 ボールをキャッチした槍山は驚いたものの、本気を出していない分「すごいね」とこちらを褒める余裕があった。

 しかし、それを何回も繰り返しているうちに、槍山は余裕はなくなっていった、そして、槍山の一番自信のあると思われる球を外野の向こうのフェンスに直撃させて勝負を決めた際は、すっかり放心状態になっていた。

 もちろん、監督もほかの野球部員もみんな放心状態になっていた。

 勝敗はついたけれど、すぐに打席から離れず「肩は温まってきましたか?」と挑発したら、槍山は顔をひきつらながら「ああ、ありがとう。手間と取らせて悪かったね」と言って、渾身の力を込めた一球を投げてきた。精神状態が乱れている中、きちんと外角低めのストライクゾーンに投げ切れる制球力の高さはなかなかすごいものだとは思ったけれど、あくまで高校生レベルの球、打ち返すのは簡単だった。

 槍山は、信じられないものをみるような顔をしていたが、潔く負けをみとめた。

 ショックを受けた彼は、もううっとうしい感じで絡んできそうな気配はなくなっていた。

 「女遊びにかまけていないで、もっとちゃんと野球を頑張った方がいいんじゃないですか」と、捨て台詞を残してその場を去ろうとしたら、監督と部員に囲まれて、そのまま夕方まで、野球部の練習に付き合うはめになってしまった。

 居心地が悪くなった槍山は、適当な口実を言って、練習から途中からいなくなっていた。

 悪いことをしたとは思うが、李子も野球も大事にしない槍山が自分には許せなかった。

 李子はいい子だし、野球の才能も人よりあって、身体に故障もないのだ。

 もったいない。


 帰宅したあと、前日に購入した三脚を使った撮影の仕方を覚えようとしていると、李子から近所の公園にすぐ来るよう電話で呼び出された。

 李子は、なぜかとても怒っており、出会い頭にこちらのことをひっぱったいてきた。

 どうも、槍山を野球でこてんぱんにやっつけたことが許せなくて感情的になっていたようだった。

 なんでも、槍山の練習姿をひそかに遠くから見つめていた李子は、その勝負の様子もみていたし、そして、ふてくされて練習から途中退場した槍山をおっかけて、ちょっと前まで、一生懸命慰めていたようだった。

 李子は、槍山の落ち込んでいた様子を涙ぐみながら語ってきたが、こちらは一ミリも自分が悪いことをしたような気分にはならなかった。

 理不尽にふりまわされて、ふられても、好きな人のために怒る。

 恋は病とはよく言ったものだ。

 願わくば、失恋と同時にその病的な感情も失われればよかったのに。

 李子には世話になっているし、美保留の友達だと考えれば、険悪になりたくもなかったが、こちらにもこちらなりの理由がある。

 大切な友達を大切にしない奴は敵だし、才能や環境がそろっているのに努力できない奴なんか好きになれるわけがない。

 そんなことをつとめてやさしく李子に伝えたのだけど。李子の怒りの炎の勢いは逆に増し、槍山のことではなく、こちらに対して感じていたらしい不満を一方的にぶちまけていなくなっていった。

 まったく、訳が分からない。


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