第6話 訪問
清美さんとのお出かけの翌日。
やることがみつからず、昨日買った雑誌を読むことにした。
なかでも『月刊ツチノコ』は、とても刺激的な雑誌だった。
科学的に証明されていないことが、当たり前の真実であるかのように書かれており、オカルトを信じていないに人間とっては、それはそれはうさん臭さこの上ない雑誌だった。
自分もオカルトなんか信じていなかったけれど、気づいたら女子高生になってしまった手前、うさん臭さの中に真実があるのではないかと思えてしまい、そんな自分に苦笑してしまった。
お目当てのタイムリープの特集には、元の時間の元の自分に戻るための答えはなかった。
でも、記事のどこかに答えのヒントが隠されていそうな期待を感じることはできた。
会えるのもなら、インタビューに答えたタイムリープ経験者たちと直に会って話を聞いてみたい。
だけど、残念なのことにみんな匿名だったから、いるのかいないのか分からないが……。。
昨日、清美さんにすすめられた通り、ツチノコのスタッフになってしまうことが、実は今の自分に一番都合がいいかもしれない。
美保留の部屋の本棚には、たくさんの『月刊ツチノコ』のバックナンバーがそろっていた。
それを適当に読みあさろうとしたら、七地志織が渡田部家を訪ねてきた。
志織は、こちらが無理やり押し付けるように買った服のお礼をするために訪ねてきた。
昨日帰ってから、両親に事情を話したところお礼に行ってくるように言われたとのこと。
住所は、診察券の住所を参考にしたようだった。
一応事前に電話をしたが、留守電になっており伝言を残したと話していた。
スマホを確認したら確かに着信とメッセージを確認することができた。
雑誌に集中していたせいで気付くことができなかったようだ。
志織は、お礼の品をこちらに手渡すとすぐに帰ろうとしたが、遠路はるばるきた客人を、そのまますぐに帰すのは申し訳なくて、頑張って家の中に招き入れた。
志織が両親から持たされたお礼の品は、。夢名下屋のチョコ団子だった。
夢名下屋は、七地歯科クリニックの隣にある老舗の団子屋で、母の早織の実家だった。
父と母は、ご近所の幼馴染同士で結婚した。
なので、七地家のおやつといえば、いつも家に置いてあった夢名下屋の団子だった。
その中でもチョコ団子は、自分も志織も一番の好物だった。
「せっかくだから、一緒に食べよう」
と、志織を誘うと。
「私は、いつも食べていますから、どうぞ美保留さんが食べてください」
と、遠慮するので。
「でも、人前で一人だけおいしいものを食べると気まずいから、一緒に食べてくれると嬉しいな」
と、ちょっと甘えるようにお願いすると。
「そっ、そうですか。では一本だけいただきます」
と、大人しく食べてくれた。
自分がアメリカに行っている間に、祖父母が亡くなり店を閉じてしまったため、夢名下屋のチョコ団子を食べるのは、すごく久ぶりだった。
元の自分に戻っても食べることができない大好物の味は、思わず涙が流れてくるほどおいしかった。
志織は、ことらが涙を流したのをみて。
「もしかして、泣いてしまうほどおいしくなかったですか」
と、マイナス方向に慌てたので、こちらも慌てて。
「いや、おいしくて。私お団子を食べて泣いたの初めて」
と、安心させるように言うと。
「よかった。私も、お団子を食べて泣いている人を見たのは初めてです」
と言って、笑ってみせた。
「実は、そのお団子を作ったのは私なんですよ。だから、その、とても嬉しいです」
と、照れくさそうにしていた。
志織は、歯医者の手伝いだけでなく、団子屋の手伝いもしていたのか。
志織の家族孝行ぶりに、胸が締め付けれえた。
一生懸命家族に尽くす志織。
元の世界の大人になった志織は、家業の歯医者を存続させるために、親と一回りもちがわないおじさん結婚をしようとしていた。
高校生ころの志織は、実家の歯医者の手伝いだけなく、祖父母の団子屋の手伝いまでしていた。
志織には、将来の夢や目標はなかったのだろうか。
「志織ちゃんも高校3年生でしょ。進路ってどんな感じなの?」
と、それとなく尋ねてみたら、志織は、困った顔になって。
「それが、困ったことに何もないんですよ」
と、言って苦笑いをした。
いわく、歯医者になって家業を継ぐつもりだったが、頭も容量も悪い自分は、どんなに勉強をしても平均点を取るのがやっとで、夏休み前に担任の先生からほかの進路を目指したほうがいいと言われ、家族からも、無理に歯医者を継がなくていいから、自分のやりたいことをやりなさいと言われ、歯医者の進路をあきらめたばかりのようだった。
それで、いまは勉強する気にもなれず、家の手伝いをしながらやりたいことを探している、と、話していた。
どうして、家業を継ごうかと思ったのかを尋ねると、兄が野球に一生懸命で家業を継ぐことができるのは自分しかいないと思ったからで、よくよく考えると別に歯医者にそんなに興味があるわけではなく、なんとなく家族の手助けをしたかっただけのような気がする、と、答えた。
自分が夢を追い求め無謀な挑戦をしている中で、志織は家族に気を遣って、とくに自分が歯医者になりたいわけでもないのに、高いハードルを越えようと挑戦をして、ジャンプする前に挫折してしまったようだった。
志織は一通り自分の進路のことを話すと「つまんない話を聞かせてごめんなさい。でも、聞いてくれてうれしかったです」と、しなくてもいい謝罪とお礼をしてきた。
「あの、美保留さんの進路はどんな感じなんですか。参考までに聞かせてください」
正直、美保留の進路については、まだどこか他人事なのだ。
志織の参考になりそうなことは答えられそうにない。
一番の目標は、元の世界の元の自分に戻ることだって言っても、志織は渡田部家の人間と違うから、頭のおかしい危険なやつだと思われるか、自分のことを馬鹿にしていると思われるかしそうだ。
ああ、そうだアイドルを目指していることを言おう。
一応本当だし……。
「私は、アイドルを目指しているんだ。えーっと、これこれ、この間、オーディションの一次審査を通過したの」
と、言いながら、志織に一次審査通過の通知をみせた。
すると、志織が。
「美保留さんも、それ受けていたんですか」
と、驚いた様子で、荷物の中から同じ通知を取り出して、こちらにみせてきた。
「えっ!志織ちゃんやたいことなかったんじゃないの」
と、突っ込むと。
「えっ、はっ、はい。別にアイドルになりたいって思ったことはないんです。ないんですけれど、やることがなさすぎて、なんとなく応募してみたら、通過してしまいました。すいません、本気でアイドル目指している人にこんなこと言っちゃって」
と、申し訳なさそうに話していた。
応募総数約4万人以上もいて、一次審査の書類審査の段階で2000人未満にふるい落とされる、そんな狭き門を、大してやる気のない自分が通過してしまったことに志織は、罪悪感を覚えていたようだった。
まったくお人好しすぎる話だ。
一次審査の通知を受け取ったあと、志織はアイドルがどんな仕事をしているのかを調べたら、引っ込み思案の自分にとはとても務まらなさそうな仕事だと思い、二次審査は辞退しようと思っていると話した。
両親にはオーディションのことは話しておらず、バレたらきっとすごく応援されるだろうから、一次審査通知の紙を常に持ち歩いているようだった。
そして、一通り話したあと。
「本当、やる気のない人の前でこんな情けない話をして本当にすいません」
と、またもやいらぬ謝罪をしてきた。
だいたい、自分だってアイドルになりたくてアイドルになろうとしているわけではない。
自分が美保留になった時点で、すでにオーディションに応募していたのだ。
それに美保留が将来アイドルになることを知っていたから、その流れで、オーディションに受からなきゃいけないような気がしているだけだ。
別にアイドルになれなかったとしても、オカルト雑誌の編集者になるのもいいし、おしかけで夢名下屋を継ぐのいいかなと思っている。
「私も、実はすごくアイドルになりたいから挑戦しているわけじゃないんだよ。流れでなんとなくだから、志織ちゃんとかわんないよ」
と、正直に話したら、志織は「そうなんですか」と、不思議そうな顔をしていた。
私はうなずいて。
「別にいいじゃん、やりたいことないんでしょ。だからこそ、オーデイションに挑戦するのはいい経験になるんじゃない。一緒に頑張ろうよ」
と、志織ににオーディションを辞退しないように訴えた。
たぶん、この感じだと、元の世界の志織はオーディションを辞退したのだろう。
別に、志織が本気でアイドルになりたいと思っているわけでないことは分かっているし、なるべきだとも思っていないけれど、このままではいけない、そう思った。
こちらの必死さが伝わったのか、それとも単にこちらに気を遣っただけなのかわからないが、志織は「じゃ、じゃあ、やってみます」と言ってくれた。
二次審査の内容は、自己PRとダンスと歌唱。
人前で直接みせるののではなく、自分で撮影した動画を、オーディション専用アプリに投稿するといったものだ。
一次審査通過者には、通知と一緒に個別のアカウントとログインパスワードが設定が配布されている。
アプリには、期限まで課題の動画が投稿することができるだけでなく、オーディションの説明動画のみれるほか、連絡事項や合格通知も送られてくる。
二次審査の投稿期限まで、今日を合わせても一週間もない。
なので、せっかくだから撮影者も確保できるし、ふたりでできるところまで撮ってしまおうという話になった。
とりあえず、家の中でもできる自己PR動画を撮ることにした。
言いただした手前、最初は自分のPR動画を志織に撮影してもらった。
自己PRは、30秒という制限時間内で、エントリー番号と名前を言ったあとは、何を話してもいいし、何をやってもいい。
正直、自己PRといっても、美保留になっての期間が短い自分に、美保留のPRなんて上手くできる気がしない。
そりゃあ、アイドルのころの美保留は知っているんだから、その感じでそれっぽく話すこともできるのかもしれないけれど、頭のよくない自分には、そんな応用力はない。
だから思い切って本当のこと、つまり、自分は最近この身体になったばかりで、本当は現在よりも何年か未来から来た中年で、元の自分に戻る方法を探していると言っておいた。
まあ、人からは明らかに嘘っぽい痛いキャラ付けにしか見えないだろうけれど、本当のことなので、簡単にキャラを貫くことができる。
何よりインパクトがある。
実施、撮影のあと、志織はとても驚いた様子で。
「本当ですか?」
と、確認してきた。
「本当だよ。私は渡田部美保留じゃなくて七地有敏」
「志織ちゃんのお兄ちゃんよ」
と、勢いで本当のことを言ったら。
「美保留さんは、すごい人ですね」
と、言って笑い。
「私には、そんな思い切った嘘つけないです」
不特定多数の人にみられる動画で、平然とおかしな冗談を言えるこちらの度胸に志織は驚いたようだった。
別に、自分には志織がうらやましがるような度胸があるわけではない。
まだこの身体の現実が、自分の現実な気がしてないから、好きなことを軽く言えちゃうだけなのだ。
一発撮りで終了した自分とは対照的に、志織の自己PR動画の撮影は難航した。
とにかく、志織は自己肯定感が低すぎるのだ。
最初の撮影は、あまりに声が小さくて何をしゃべっているのか分からなかった。
励ましまくって、どうにか聞き取れるほどの声まで出せるようになったのが、歯医者の接客と比べると、志織の魅力が10分の1も伝わってこない。
自己PRの内容も目立つことを避けたような、無難な学校での自己紹介レベル。
「人にアピールできることなんて、私には何にもないんです」
と、申し訳なそうにいう志織に、店に並べられるようなおいしい団子を作れるし、歯医者の手伝いもできるじゃんと言った感じで、こちらが思う志織の長所を挙げみてたが、志織は、自分なんかができることは誰にでもきるというスタンスで、誰でもできることを自信ありげにアピールすることなんて、恥ずかしくてできないようだった。
結局、志織の自己PR動画は後日撮り直すということになった。
自己PR動画の次は、ダンス動画を撮影することにした。
ダンスも歌唱も課題曲は同じで、黄泉平坂108デビュー曲『情熱的怠惰』。
歌唱を後回しにしたのは、大きな声で歌ったら、近所に迷惑になるし、こっちも恥ずかしいから。
歌唱はダンスの動画を撮り終えたあと、近所のカラオケボックスに行って撮ることにした。
ダンスの振り付けは、オーディションアプリに振付動画があり確認することができた。
自分の場合、アメリカで野球をやっていたころ、悪友のサーモンのすすめで黄泉平坂のダンスを練習に取り入れていたこともあり、大体の楽曲の振りを覚えている。
だから、自分は練習は確認程度で、振りを全く知らい志織の練習の力になることに徹することができた。
やることも手本も決まっており、そもそも振りも難しくないので、自己PRよりはずっと楽にできたような気がした。
志織は、そもそもダンス自体を踊ったことがなくて、大変そうだったけれど。逆に始めてのことが楽しかったようで、自己PRよりは全然よかった。
歌唱は、カラオケボックスで歌詞をみながら練習した。
正直、歌は上手には自信はなかったけれど、器が前よりいいから、渡田部美保っぽく歌うことができた。
自分で、やばい渡田部美保留っぽいと感動したくらいだ。
志織は、決して音痴というわけではないけれど、人前で歌うのが恥ずかしいらしく、練習をして多少ましになったが、全力を出して切れている感じではなかった。
なんで人前でダンスができて、人前で歌えないのか聞いたら、自分でもそれが意外だったようで、ダンスはやったことがないから、楽しさが勝ったんだと思うと自分が思う仮説を唱えていた。
一応自分は、二次審査のための動画を一通り撮影し終えた。
あとは、動画を投稿すれば終了だったが、志織と一緒に送ろうと思い、今日中に動画を投稿するのは保留することにした。
志織は。こちらと比べてあまりに自分はできないことが多いと思ってしまったらしく、二次審査を辞退したい気持ちが余計に強くなってしまったようだった。
どうにかいろいろ言って、後日また撮影することにはできたけれど、志織にとって自分が思った方向とは違う感じ、というか逆効果になってしまったような手ごたえで、後味が悪かった。