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第4話 金策

 とりあえず、お金が欲しくなった。

 何をするにもお金があるにこしたことはない。

 そりゃあ、お金を払えば元の世界の元の自分に戻れるようなことはないだろうけれど、元に戻るためのヒントを探すために、何かとお金が必要になってくるはずだ。

 例えば、こちらの世界の七地有敏に会おうとしたら、渡米費用が必要だ。

 渡米費用なんて高額はもちろん、何をするにも美保留の両親からお小遣いをせびるのは気がひける。

 バイトをすればお金の問題はある程度解決するだろうけれど、アイドルになるための努力もしておかねばならない。

 別に、アイドルになりたい願望はないけれど、この身体の持ち主はアイドルになりたいはずなのだ。

 宿主の夢を壊すようなことはしたくない。

 それに、渡田部家の人たちはみんな、美保留がアイドルになることを応援している。

 昨日、一次審査通過の通知をみせたらみんな自分のことのように喜んでいた。

 美保留がアイドルになることは、美保留だけでなく家族の夢でもあるのだ。

 それはたぶん、七地有敏がプロ野球選手になることが七地家の夢であったのと同じことだ。 

 その夢に対する気持ちを裏切りたくない。

 オーディションを通過するためには、準備のための時間が必要だ。

 それと、元に戻る方法を探さないといけない。

 バイトなんかで時間を浪費するわけにいかない。

 それにしても、アイドルかあ……。

 正直、外見には自信がある。

 なんせ渡田部美保留は、アイドル時代に写真集を2冊出して、どちらも10万部以上売り上げたのだ。

 外見だけで食ってけるレベルの容姿の持ち主なのだ。

 だけど、それ以外のアイドルの素養は、圧倒的にこの身体の持ち主以下に決まっている。

 マネをするにも、そこまで自分はアイドル渡田部美保留について詳しかったわけではない。自分の推しの七峰七海の親友ポジションだったからある程度知っているだけだ。

 結局のところ、自分は七地有敏であって渡田部美保留ではない。

 外見だけで受かることができればなあ……。

 アイドルには外見だけでなく、歌やパフォーマンス、可愛さに面白さ、ファンサービスやそのたもろもろが求められのだ。

 ああ、とりあえず、歌の練習もしないとなあ。

 でも、本当、現状カラオケボックスに通うようなお金もない。

 昨日もらったお小遣いの余った分は、罪悪感に負けて美子さんに返してしまった。

 美子さんは「今回の美保留は、お人好しの小市民がのりうつったのね。その方が楽なら返してもらうわ」と言って、お金を受け取っていた。


 手っ取り早くお金を稼ぐ方法として、まっさきに思いうかんだのは株式投資だった。

 株式投資は、アメリカのマイナーリーグに挑戦中に、恩人のサーモンのすすめで覚えた。

 大きく儲けることができたわけではなかったけれど、未来のことを知っているいまなら別の話だ。

 これはいけるかもしれないと、一瞬本気で考えたが、すぐにあきらめた。

 将来的に大きく上がる銘柄がわかっていたとしても、騰落の推移をこと細かく覚えていないので、手っ取り早く短期間で稼ごうとしても再現性のないギャンブルをする羽目になってしまうのだ。

 貴重なお金をどぶに捨てる勇気なんか、いまの自分にはましてない。

 だいいち、株式を買うお金がそもそもいまの美保留にはないし、そのために美保留の両親を説得するのはめちゃくちゃ気が引ける。

 株式投資は、自由にできるお金が安定的に稼げるようになってからの方がいいだろうと思い、いったん保留することにした。

 次に、未来の知識を使って手っ取り早くお金を稼ぐ方法はないか考えてみた。

 未来のことを告げる予言系配信者ってのはどうだろう。

 でも予言は当たるまでにラグが生じるし、史実通りアイドルになって活動しているタイミングで、予言が的中してバズってしまったら収拾のつかないことになりそうだ。

 他にもないか考えてみたがピンとくるものがなかった。

 恵まれた容姿を利用するのはどうだろう。

 ああ、これもダメだな、手っ取り早く稼ぐ方法は、どれもアイドルになりたいと思っている人間の経歴を汚しそうなものばかりだし、そんなことをする勇気もない……。

 いろいろ考えてはみたが手っ取り早くお金を稼ぐ方法はうかんでこなかった。

 てか、せっかく未来の知識やら恵まれた容姿という人生において協力な武器があるというのに、自分がそれをまったくうまく使えそうにないことにへこんでしまった。

 自分は頭がやっぱり良くない。

 これは、アイドル以前に今年中に高校を卒業できない可能性がある……。

 そうえいば、チェックしてないけれど夏休みの宿題もあるんじゃね。どうしよう……。

 ああ、なんか終いには、お金があったっても何にもできないような気がしてきた。

 自分が、こんなに後ろ向きな人間になってしまっているとは思ってもみなかった。

 でも、そうだようなあ。

 長年やってきた野球をやめて心の整理がつかないままの無職中年が、過去の世界のアイドル候補の女子高生になってしまったんだもんあなあ。

 後ろ向きにならないほうが、むしろおかしいだろ。

 このまま考え事をしていていも、ただ後ろ向きな気持ちに占領されるだけだし、ここはいったん、気持ちをフラットな状態にリセットする必要がある。

 じゃないと、金策について建設的な考えがうかんでこない。


 気持ちのリセットの方法なんて、人それぞれだ。

 自分の場合、家事に身を投じるのが一番効率的だと思っている。

 適度に身体と頭を使う単純作業は、雑念を頭の中から追い払うだけでなく、よりよい生活を自分に与えてくれる。

 実際、家事を頑張ったら、後ろ向きなことを考えている暇がなく、気持ちは順調にフラットになった。

 それだけでなく、渡田部家のみんなから喜ばれて、気分がよくなった。

 おまけに、手っ取り早い金策の方法までみつけてしまった。。

 美保留の父親の清さんがリビングに散らかしっぱなしにした競馬新聞をかたづけているときに、偶然知っている馬の名前が目に入ってきたのだ。

 自分は、そもそも競馬に興味なんかない。

 しかし、興味がない人間に名前を憶えられている馬は名馬だ。

 しかも、本来このころの自分は、アメリカにいた。

 そんな人間でも知っている名馬は、歴史的に活躍した名馬だ。

 馬の名前は、リトルイーティー。

 アメリカでもかなり話題になった競走馬で。

 自分のまわりでも、トレーニングパートナーのサーモンは熱心にこの馬を応援していた。

 凱旋門賞とブリーダーズカップクラシックを制覇した無敗の名馬。

 血統が悪ければ、見映えも悪く、他に評判のよいライバルがたくさんいて、強そうな勝ち方もしなかったから、連戦に連勝を重ねても一度も一番人気になることがなく引退してた。

 リトルイーティーさえいれば、自分はお金に困ることはないように思えた。

 問題は、未成年でお金のない自分がどうやってリトルイーティーの馬券を購入すればよいかだったが、その日の夕食の話の流れで、美子さんが清さんの競馬についてチクリと言ったときに、勇気を出して「私も競馬をやってみたいです」と言ったら、清さんはすこぶる上機嫌になって、さっそく翌日に場外馬券場に連れて行ってくれることになった。


 清さんは美保留とふたりっきりで出かけるがとても嬉しかったようで、見るからに浮かれていた。

 場外馬券場なんて車で30分もかからないところにあるのに、「せっかくだから競馬場に行こう。臨場感が全然違うんだ。走る馬は美しいぞ」と言って、家から片道一時間半もかかる競馬場に連れて行かれた。

 道中、清さんはこちらにいろいろ質問してきたのだが、こちらは本当の美保留でないので上手く答えられなかった。

 ぎこちない雰囲気を変えるために競馬のことを質問すると、水を得た魚のごとく清さんはじょう舌になった。

 娘が自分の趣味に興味を持ってくれることは、父親にとってとても嬉しいことのようだ。

 まあ、そんな感じで、競馬のうんちくを聞いているうちに、目的地に着いた。

 軍資金は、清さんからもらった1万円。

 賭けたいレースはリトルイーテーティーが走る新馬戦だけで、他のレースは賭けたところで負けるだけだから興味はなかった。

 しかし、Ⅰレースだけ賭けて大儲けするのも変に悪目立ちそうで怖かったら、きちんと他のレースもやった。

 馬券は全部清さんのアドバイスを参考にして、指定した馬が1着から3着までに入れば配当がもらえる複勝を100円ずつだけ買った。

 清さんのご機嫌取りくらいのつもりで買ったけれど、清さんの見立てがいいみたいでよく当たった。

 しかし、当の清さんは、見立てはいいのにロマンを優先して、1着から3着までの馬を着順通りに当てないと配当がもらえない3連単という馬券しか買わないから、外しまくっていた。

 リトルイーティーは、思っていた通り人気がなく、一着の馬を当てることで配当がもらえる単勝の配当が365倍、複勝でも60倍くらいだった。

 お金がることにこしたことはないから、単勝に全財産賭けたかったけれど、いままで100円ずつかけてきた手前、いきなり全財産を賭けるのも不自然すぎると思い。5000円分の複勝を購入した。

 そして、30万円ほどの配当金を運よく手に入れた。

 そう、あくまで運よく馬券が当たったのだ。

 無敗で生涯を負えるはずのリトルイーティーが2着に負けてしまったのだ。

 複勝だから当たったけれど、もし単勝を買っていたら5000円を失っていた。

 清さんは自分が目をつけていない穴馬を娘が見つけたことに興奮して、「美保留には俺と同じ競馬の才能があるみたいだな。わっはっは」と喜んでいたが、こちらは、元の世界の記憶があてにならないことをしってしまい気分が悪くなってしまった。

 大金を手に入れたのに急に元気がなくなった娘に面食らった清さんは、最終レースまで競馬に興じることなく、家に帰宅してくれた。

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