44話
高校でも文化祭の準備が忙しく行われている。ちなみにこの高校での出し物はメイド喫茶一色だ。しかし中にはハズレも存在している……ハズレということに対しての説明はナシとする。
咲月は役目を終え、急いで旦那の所に帰ろうとしていた。しかしそんな彼女に対し申し訳なさそうに声をかける男が居た。
「姫川さん」
「あ、善人だ……ん? 何か用?」
そう言われ後ろを振り向くと善人が壁に背をもたれて自分に対し話しかけていた。
「あぁいや、帰り道途中まで一緒だから付いていっていいかな? 何なら家まで送るよ? だからその了承を貰わないとまるで俺、ストーカーしてるみたいで気が引けちゃうんだ」
つまりは一緒に帰りたいだけ……でもまぁいいか、そう思った咲月は別に良いよと返事をした。
それにしても有りそうで無かったツーショットである。善人と咲月、二人が並ぶと妙に新鮮さがあり、そして二人を照らすオレンジ色の夕陽が加わって外から見ていてとても絵になっている。
「ねぇ、最近綾乃ちゃんとはどうなの?」
特に会話もなく気まずいなと感じた咲月が話を切り出してきた。対して善人は綾乃という言葉にピクッと反応するや否やその質問を笑い混じりにすばやく答えた。
「フラれちゃったわ、あぁーあ、ホント悲しいっちゃありゃしないぜ」
「え?! 別れちゃってたの!? 知らなかった……ごめん、聞いちゃダメだったかも」
咲月がごめんと謝ると善人は反射的に彼女の頭に手を置いた。すると咲月はえ? と拍子抜けした声を上げた。
「ごめんなんていうんじゃね……って、ごっごめん!! 何やってんだよ俺?!」
もはや無意識で行っていた行動に対し必死に謝罪する善人。いつも綾乃は善人に対し、ごめんなのです、や、ごめん善人。等と謝ることが多かった。そしてその度に善人は綾乃の頭に手を置いて「ごめんなんて言うんじゃねーよ」と言い返していた。そしてさっきの咲月の「ごめん」というのが綾乃の「ごめん」と重なっていたのだろう、だから無意識に彼女の頭に手が伸びてしまった……ということだろう。
「あっいや! 別にあたしは大丈夫だからっ! だからさ、そんな謝らないで、善人は何も悪いことなんかしてないんだからね?」
善人に非はないよ! と説得する咲月、彼女はしまった、聞かなければ良かったと心の隅で反省した。そして善人はさっきのショックで多少目が泳ぎながらも咲月の言葉をその胸に受け止めた。自分は悪くないんだ。そう自分に言い聞かせるために。
そしてそれっきり、善人は黙りこんでしまった。
また気まずくなった、しかし気づけば既に咲月と善人は家の前まで来ていた。ふと立ち止まり、善人は咲月に笑顔でじゃあね、また明日。と後ろに振り返りながら背中越しに小さく手を振りながらそう言った。しかし咲月はその笑顔の裏を知っている。過去の自分と同じなのだ、他人に気を遣うその笑顔を他の誰でもない咲月は生憎にもよく知っていた。だから咲月は呼び止めることにした。独りにさせちゃダメ、心でそう強く思ったのだ。
「待って善人! 行かないで!」
その声を聞き善人は踏み出したその足を止める。もう用はないはず……だとしたらなんだ?
「行かないで善人!」
「はぁ? どうしたんだ? そのセリフ、まるで恋人同士だぞ? 涙を誘うお別れのシーンですか」
肩で笑いつつ善人は咲月にツッコミを入れた。対して彼女は目の前で笑っている彼を見てほんの少し胸が痛くなった、そして意を決して口を開く。
「いいから行かないで!今日はうちに泊まっていってよ」
「泊まる……? 俺が?」
「善人以外に誰が居るの? さ、早く上がってよ、さぁ早く早く!」
半場強引な咲月に自分の腕を掴む咲月を見て、あっ……!と驚いたような声を上げた、一瞬、ほんの一瞬、目の前に居る彼女が善人の目には綾乃に見えたのだった……。
「善人、さぁ上がって」
そう優しく言い掛ける咲月は玄関のドアを開け、さぁどうぞと言わんばかりに善人を手招きした。
善人は頭の中で必死に物事を整理していた。目の前に居るのが綾乃に見えているからだ。目の前に居るのは姫川咲月なのに、彼女と白川綾乃が脳内でシンクロしている、もうここには居ない綾乃が目の前に居る、メールを送ってもろくな返事しかしなくなった彼女が目の前に居る、あんなに大好きだった彼女が……目の前に居るのだ。目を擦って確認したかった、でもそうすると彼女が見えなくなりそうな気がしてそれが出来なかった。しかし分かっていた。最初から目の前に居るのは姫川咲月であって白川綾乃ではないということが。そう頭で考え、もう一度目の前を見た。
「どうしたの善人?」
するとそこには斜めに首を傾げた姫川咲月が居た。そう、白川綾乃はここにはいない。心の中でそう断定付けると急に悲しみに襲われた、なんだコレ……悲しいのか? 何故悲しい? どうして俺はこんなに切ない気持ちになっている? 涙が……くそ、涙がこみ上げてきやがる……!!
善人は今にも溢れそうな涙を堪えた。
「ちょっごめん。俺着替えとか持ってきていいかな……? 必ず戻ってくるからさ」
全てを言い終わる前に彼は俯いて後ろを振り返った。咲月は一瞬、有ちゃんのを借りればいいんだよ、と言おうとしたが善人の肩が小刻みに震えているのに気づき言葉を飲み込み、いいよ。行ってきな、ちゃんと帰っておいでよ? と、そう彼の背中に声を送った。きっと何か事情があるんだろう、でもそれはあたしが関わって良いような物じゃないかもしれない。そう咲月は感じ取ったのだった。
ありがと、そう呟くと善人は自宅へ向け走り去っていった。
ん゛!?長くないか?!まぁいいか……。
感想ください。頼みます。