38話
有二と咲月が二人で出て行ったため、残ったこよいは一人で何やら愚痴っていた。
「……こよいはどうせぺったんこだもん、咲月姉ちゃんくらいもないもん」
今、こよいは体育座りになり、両膝の間に顔を埋めるように俯いていた。
「咲月姉ちゃん卑怯だよ、こよいに無いものあるんだもん、こよいだって昔は大きくなるって思ってたよ?でもだんだん分かってきたよ……こよいはぺったんこなんだよ……」
そう呟いた次の瞬間、テレビから『うっせーぺったんこ!』と芸人の声がこよいの耳に聞こえてきた。
それにピクッと反応するや否や
「貧乳で悪かったなこのやろぉおお!!」
と、叫んだ、テレビに。隣近所の事なんか知ったことか、とにかくムカついたから叫んだんだ、怒らなくていられようかこれが。
そして叫んだ後、何とも言えぬ脱力感がこよいを襲った。もう何もやる気が出ない。極端だが生きることにもやる気をなくした、もうお兄ちゃんなんてどうでも良いやとすら思うこよいだった。しかし次にテレビから聞こえてきたコメントがその時のこよいを救った。
◆
締め切ったカーテンからぼんやりと光が部屋を弱弱しく照らす。
その部屋にはベッドの上に仰向けになってケータイとにらめっこをする男が居た。
『善人元気?私は元気だよー大学で楽しくやってま~すw』
そんなメールが彼の元に届いていた。ちなみに差出人は白川綾乃と表示されていた。
「あれ、一人称変わってる……」
それだけ呟くと彼は階段を降り、食器棚の下からコップをひとつ取り出し、冷蔵庫を空け、中にあるお茶を注いだ。口いっぱいに冷たい液体が含まれ、それから勢い良く喉を通り越していく、その際の喉をひんやりさせる感覚にもう一度、もう一度とその冷たさを求め結果、一気にコップ一杯飲み干した。
くはーとビールを飲み干したそれと似たような唸りを上げ、また階段を上がり、部屋に篭っては過去の記憶に浸っていた。
綾乃は今や県外にいる人物、そう簡単に会えるわけでもない。しかも卒業の日にフラれたのだ。
メールを送れば帰ってはくるが何か素っ気無いものばかり。そんな返信にいつの間にか飽きてしまい、善人は新しく彼女を作ることも無く綾乃とのことを引きずるばっかりだった。
◆
有二に、こんなことを言われた。
『善人お前さぁ、綾乃さんのこと引きずりすぎだと思うよ?そろそろ切り替えなって。でないと後輩からアプローチ受けてたとしても気づかなかったりするかもよ?お前髪形変えてから大分かっこよくなったんだぞ?』
俺はそう言われ、その時何故か有二に苛立ちを覚えた、もしかすると有二にうらやましい等という感情を抱いてしまったのだろうか。良く分からない、でも、凄く腹が立った。
それにしても美咲が安アパートで暮らすことになったおかげでこの家も寂しくなった。
たまに、いないことをつい忘れて『おーい、美咲そろそろ起きないと遅刻するぞ』なんて言ってしまったりしてな……。悲しくなったもんだぜ、またあの声が聞きたい。アドレスくらい交換させろよな。
別に泣くほどじゃないが、それでもいつも賑やかだったからか美咲がいなくなってから何か大きな穴が開いてしまったかのような感覚に心が苦しくなる。
いつも物足りない気分になってしまう、こんなこといったら変だが、美咲に蹴られたい。んで『中々やるではないか我が弟よ……』とか言ってやりたい。また昔みたいなやり取りがしたい。
くそ、急に俺の周りから人が消えていきやがって……。
置いていくなよな俺を。
寂しいじゃねーかよ。
お願いだから俺を一人にしないでくれよ……。
一人になったら俺は……俺は……。
……くそ、あん時のこと思い出してきやがった。止めろ、思い出すな。思い出すんじゃない。
止めてくれお願いだ止めてくれ!!思い出したくないんだよッ!!
あのときの俺とはもうお別れをしたんだ、もう振り返ることなんてしないって決めたんだ……。
それから俺は必死に話題を探した、でないと思い出してしまうから。思い出すなと意識すると何を思い出してはいけないのか、それを確認する時点でそれ自体を思い出してしまう。だから俺は必死に何か違うものを連想させた……。
感想待ってます。あと比較とか嬉しいかもです。初期の頃と現在で何か変わったことがあれば感想に書いてください^^




