72. 森の宿の秘密
「カティアさんは生まれてすぐに魔力を暴走させていました」
プリメーラが持ってきてくれた水を1杯飲み、ベッドで上体を起こした私を囲む形で全員椅子に座ったところでクライスが話し始めた。
「赤子は生まれてすぐ泣くものですが、カティアさんの場合はその泣き声に呼応するように大きな魔力を放出していて、陛下ですら魔力圧を感じていたそうです」
魔力圧…エドアルドが小屋を乾かしてくれた時に感じた風圧のようなものだっけ。確か、相手との魔力の差で感じる圧が変わるとサリタニアが言っていた。
「魔力は普通、本人の体が耐えられるように成長と共に増えていって、20歳前後で止まります。陛下よりも多い魔力は赤子の体にはどう考えても負担が大きく、その場にいる全員がこのままではカティアさんが保たないだろうと判断し、現役を引退してはいましたが、当時国一番の魔術の権威であった女性を城に呼び寄せました」
クライスは一度言葉を切り、私をじっと見た。あぁ、そうか、その女性が…。
「その女性が、貴女のお祖母様です」
貴族に飲まれているお茶を知っていたのも、隠し部屋で魔石術の研究をしていたのも、元々城にいた人だったから。
「カティアさんから溢れる魔力はすぐさま魔術具などでの対策をしましたが、どれもその場限りで、体が成長しきるまで抑えられるものではありませんでした。そこで、お祖母様はあの森の宿を提案したそうです」
「…あそこは、何か特別な場所だったんですか?」
「あそこは昔、お祖母様が若い頃に仲間と研究拠点として使っていた場所だったそうです。もちろんその頃は宿ではありませんでしたが…複数人が不便なく生活出来る環境が整っていたのはその為ですね」
研究拠点…次々と驚くことばかり出てくるけれど、あの場所が祖母にとって昔からの大切な場所で、状況が状況だったとはいえ、そこに私を受け入れてくれたというのなら少し嬉しい。
「そしてその研究というのが、我々の持つ魔力を自然に還し、魔石を半人工的に作れないかというものだったそうです。その頃はまだ魔石の価値が世間で認められていなかった為、研究もそのうち頭打ちになって実用化へはつなげられなかったようですが、魔力を自然に還元する為の仕組みは出来上がっていた。お祖母様はそれに少し手を加え、あの宿全体と森に魔石術を敷いてカティアさんを守っていたんです」
「……宿が、そんな風に…」
隠し部屋もだったけれど、19年間くらしてきた自分の家がそんな風になっていたなんて。そういえば、ある時からパキンという石が割れるような音が時折聞こえるようになっていたけれど、あれは魔石が割れる音だったのだろうか。
「…カティアさんが倒れた時の事ですが」
クライスは苦笑いを浮かべて言葉を一度切った。
「すみません、あれは私の思慮が足りませんでした。カティアさんの魔力を森へ流しているというのは知っていましたが、どのような方法で、というのは伝えられていなかったんです。調査して判明したことですが、あの小屋は貴女の魔力を流すための要となっていたようです。雨避けの魔石術を施した時の事を覚えていますか?」
「あ…確か、小屋の屋根に小さい穴がたくさん開いていたって…」
「はい、おそらく魔石が埋めてあったのでしょう。風雨でやられてしまったのか、お祖母様が亡くなって耐久値が落ちたのか、原因はわかりませんが、私が屋根に上がった時には魔石術と気付ける程の痕跡は残っていなかった。そこにエディの炎の魔術を当てた事で、かろうじて小屋に残っていた魔石術は破壊され、その反動でエディの魔術ごとカティアさんに魔力が反転し、そこから徐々に森に仕込まれた魔石術も壊れてゆき先程カティアさんが不安定になったことで魔力が暴走して完全に効力を失い、森に流れていた魔力が全てカティアさんに戻ったんです」
「なるほど、だからあの時あんなに熱かったんですね」
「本当に申し訳ありません。私がちゃんと調べていれば、あんな風に苦しませる事はなかったのですが…」
先程のものは苦笑いではなく自嘲だったようで、今度は俯いて苦しそうに目を瞑った。熱の原因がわかって私は安心したというのに。
「クライスさん、そんな風に思わないでください」
私は膝の上で固く握られているクライスの手に自分の手を乗せた。彼の手がとても冷たく感じるのは、サリタニアのおかげで私の手が暖かくなっている所為だけではないだろう。少しでも彼の緊張が解ければ良いと、本心からの言葉だと信じてもらえるよう、私の言葉に上げられた顔をまっすぐに見つめて続けた。
「私、あの時熱を出して良かったと思ってます。あれから、皆さんとの距離が近くなった気がするんです。まだ会ったばかりの私を心から心配してくれて、看病してくれて、頼ってもいいのかな、甘えてもいいのかなって、少しずつ思うようになったんですよ」
あれがなければ、国境の村への視察の時に急なお別れは嫌だと伝えることも、クライスへの想いを伝えることも意地でもしなかったかもしれない。もしかしたら、私の方からずっと距離を取り続ける事でクライスを好きになる事もなかったかもしれないと思うと、胸が苦しくなる。
「…カティアさんの甘えはまだまだ足りませんが」
今度はちゃんと苦笑いだろう、小さく笑ったクライスに安心しつつも、これ以上どう甘えたら良いのかしらと困ってしまった。そしてまた顔に出てしまっているらしく、クライスの顔は苦笑いから穏やかな笑みへと変わっていった。
「クライス、カティアの魔力については大体わかりましたが、なぜごく限られた者しか知らせなかったのですか?一国の王女が護衛もなしに過ごすなんて危険すぎます。それに、わたくしも知っておりましたらクライスの力になれたかもしれませんのに…」
私を挟んでクライスと逆側にいるサリタニアがベッドに手をつき前のめりになって言った。
「それについては陛下方が決められたので憶測ですが…だからこそ、ではないでしょうか」
「そうだな…守られるべき人というのは、貴い人だからというのもあるが危険がその身に振りかかる可能性が高いからで、一国の王女ともなればいつ誰に狙われるかわからないけれど、森に住む一平民であれば…」
「はい、ゼロというわけではありませんが。それに、どこから情報が漏れるかもわかりませんから、情報は伏せて、尚且つカモフラージュに死産だったと国民には伝えたのでしょう」
「カティアさんご自身も知らなかったのは、魔力の暴走を恐れてかしら?」
「おそらくは。子供はただでさえ感情に引っ張られて魔力暴走を起こしますからね。カティアさんには成長が落ち着く20歳頃までは穏やかにあの森で暮らしてもらわなくてはならなかった…これも私のミスで少し早まってしまいましたが」
確かにお守りを見た瞬間に感情がどろどろになってしまって、体の中から熱いものがせり上がってきて噴き出しそうだった。あれが魔力なんだ。
「でも、クライスは知っていたではないですか!わたくしは、貴方にも、カティアにも、何も出来なかった…知っていれば…」
「ターニャ…」
珍しく声を荒げて今にも泣き出しそうな顔でベッドについた手を震わせているサリタニアを抱きしめた。今まで必死に平静を装っていたのだろうけれど、サリタニアだって驚くような事を急に告げられたのだ。
「ターニャは私の為にたくさんの事をしてくれてますよ」
「カティア…でも…」
「今こうやってクライスさんのお話を聞けているのもターニャの魔法のおかげですし、ターニャがいなかったら、私はここにいる事に堪えられなくて宿に逃げ帰っているかもしれません」
「それは、だめです。カティアはわたくしのお姉様なのですから…今更なかったことにしてはだめです」
堪えていたものが溢れて私の肩口を湿らせた。こうしてサリタニアが私をまっすぐ必要としてくれるから、きっと今までもやってこれたし、これからの事を考えることだって出来る。
「はい。私も、ターニャと離れたくないです。そう思えるのは、ターニャが私を大事だと想ってくれているからですよ。一番すごいことをしてくれてるじゃないですか」
「カティア…」
宿に来たばかりの頃は従者の前で泣くことは出来ないと必死に隠していたのに、今は3人に見られている事にも構わずに顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。それを何となく嬉しく思いながら、私もサリタニアのように魔法で元気づける事が出来たら良いのにと思った。
「クライス、八つ当たりをしてごめんなさい」
落ち着いたサリタニアがクライスに謝ると、逆にクライスの方が申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、私も、姫様とエディには申し訳ないと思っています。陛下から箝口令が敷かれていたとはいえ、もう少しやりようがあったのではないかと」
「いいえ、クライスは何も悪くありません。それに、わたくし嘘をつきました。カティアを案じるような言い方をしながら、家族の中でわたくしだけ仲間はずれにされていたのが悔しかったのです」
「それは…ありのままの姫様の方がカティアさんと打ち解けられるだろうと思ったからですよ」
クライスはサリタニアから私に視線を移してにこりと微笑んだ。
「その点については予想通り上手くいきました」
「はい、そうですね、私はありのまま、今のままのターニャが大好きです」
先程から私の腕を掴んだままのサリタニアの手にぎゅうと力が入り、またぽろぽろと涙がこぼれた。
「俺は隠し事が苦手だから逆に助かったよ。クライスだからこそここまで出来たんだろう」
誰にも事情を話せず、宿の状況もいちから調べて、ここまで私を無事に連れてきてくれた。それはどれだけ大変な事だったろう。
「あの…クライスさん」
「はい、なんでしょう」
訊いても良いだろうかと少し躊躇ったけれど、きっと今訊かないとずっともやもやしてしまいそうだと思って、言葉を間違えないように丁寧に選んだ。
「…私も、知りたいです。何故、クライスさんが事情を知っていたのか。どうしてクライスさんが、私の為に大変な思いをしてここまでしてくれるのか」
言葉にした瞬間、クライスの顔が固くなった。聞き方を間違えてしまったのだろうか。
「…それを話すには、カティアさんにとって一番辛い事実を…告げなければなりません」
辛い事実…でも、さっきクライスは、事実を知ることで私がサリタニア達を傷つける事はないと約束してくれた。それなら大丈夫。
「大丈夫です。覚悟は出来てます」
「そう、ですね、隠し続けるわけにもいきませんし…」
はぁ、と小さく溜息を吐いて、意を決したようにクライスは姿勢を正してこちらを見た。
「貴女のお祖母様の名前は、エリザではなく、ラズリアと言います」
「偽名…ですか?」
「はい、あの地で暮らすための偽名です」
「あ、だから私の名前はカティア・ラズリと…」
そっか、まさか王族の家名を名乗るわけにもいかないから、祖母の名前をもらったんだ。
「そして、私は…私の本名は、クラウディオ・ラズリス・シトラインと言います」
「ラズリス…」
クライスと私で同じ音の名前を持つことに、大丈夫だと言ったのに不安な気持ちがせり上がってきた。そんな私を見て、クライスは眉間に皺を寄せて一度目を瞑った。
「貴女のお祖母様は、本当は前王の妹君、現陛下の叔母にあたる人で…私の祖母になります」
クライスの言葉に血の気が引くようだった。私は、サリタニアの家族を奪ってはいなかったけれど、クライスの家族を奪っていたのだ。思わずクライスから目をそらすと、肩を勢いよく掴まれた。
「…カティアさん、勘違いしないでください。私も、祖母も、誰も傷ついてないし、自ら貴女を助けたくて動いたんです。そこだけは、決して間違わないでください。約束したでしょう?真実を知ることで誰も傷つかないと」
「あ…は、い」
クライスの勢いに不安で失いそうになった冷静さを取り戻した。奪ったんじゃない、私を助けてくれたんだ、そう思わないと。クライスも祖母も決して奪われたなんて思うような人じゃない。
「ここからは、私の昔話になるのですが…聞いていただけますか?」
そう言って、クライスは私の肩から手を離して椅子に座り直し、静かに言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。




