64. パジャマパーティー
「カティアさん、パジャマパーティーしませんか?」
「パジャマ…?」
本日の宿泊客は身内だけとなり、結局みんなで用意した料理やケーキをみんなで食べてささやかなパーティーをした。準備中はいつもとは少し違うレシピに女性陣が興味津々だったり、何故かエドアルドとオーウェンに、キースまで加わってケーキ作りの泡立て対決が始まったりしていた。最下位のキースは毎日重い小麦粉を運んでるのに、ととても残念がり、騎士団に入っているわけでもないオーウェンが自己努力だけでここまで鍛えられているのはすごいと、見事優勝したエドアルドに褒められて嬉しそうだった。
クライスはこの材料がふわふわのケーキになるのが不思議なようで研究心に火がついてしまったらしく、細かいレシピを聞かれ、メモに書いて渡すと嬉しそうに丁寧に畳んで腰のポーチに大事そうにしまっていた。その様子を見ながら泡立ての大仕事から逃れられたゲイルが、やっぱりクライスさんて少し変なとこあるよな、と呟き、それを聞いたクライス以外の全員がお腹が痛くなるほど笑った。
そんな楽しい一日を終え、それぞれに寝る支度を整えたところでレティーツィアに声をかけられた。
「女性だけで夜着を着てベッドでおしゃべりするんです!眠くなったらそのまま寝ちゃっても良いんですよ」
「ええと…」
「前来た時も思ってたんですけど、今日の隊長との話聞いたら余計にもっとカティアさんとお話してみたくなっちゃったんです」
「あの」
「駄目ですか?」
今日一日でわかったが、レティーツィアは興奮すると中々こちらの話を聞いてくれなくなってしまうらしい。嫌な感じではないのだけれど、勢いよく詰められて言葉を挟めないでいると後ろからクライスがやって来てレティーツィアの頭を軽くはたいた。レティーツィアが以前自分の暴走を止めるようクライスに頼んだ事だと言っていたし、クライスがこういう事を出来る心を許した相手がいるというのは喜ばしい事だけれど、事情を知らない人には見せない方が良いのではないかと心配していると、正気を取り戻したのかレティーツィアがごめんなさいと謝ってきた。
「い、いえ、ダメじゃないですしお誘いは嬉しいんですけど、その、うちの狭いベッドで出来るものですか…?」
パジャマパーティーというものがどういったものかいまいち想像出来ていないけれど、宿のベッドは寝る事を目的にしているので、寝具はそれなりに心地よいものを用意しているがきっと貴族の御屋敷で使われているようなベッドのように広くはない。
「お話するだけなので大丈夫です!」
「もし気になるのでしたら、カティアさんさえよければベッドを動かして繋げますよ?」
クライスの提案にレティーツィアが目を輝かせてこちらを見つめてきた。狭くても大丈夫だけれど広ければ広い方が良いという感じだろうか。
「そうですね。動かす事は大丈夫です」
「あら、でしたらわたくしもご一緒したいですわ」
「プ、プリメーラ様!」
「でしたらわたくしも!仲間はずれは嫌です」
お風呂上がりの香油の良い香りを纏わせながらプリメーラとサリタニアも話に乗ってきた。
「なら中の扉で繋がっているあの部屋を使ったらいかがですか?」
「そうですね。じゃあ部屋の方を整えてきます」
「いや、そこは男性陣に任せてください。5人もいるんですから」
そうと決まればと2階に上がろうとしたらクライスに肩を掴まれて止められた。
「あ…すみません、宿の事だと思ったらつい」
だいぶ彼らを頼るのがうまくなったと思っていたけれど、まだまだらしい。
「オーウェン、ゲイル君を連れてベッドを動かして来てください。ロックウェル嬢、発起人なのですからついて行って彼らに指示を。私はエドアルドと今晩の護衛の調整をしてきます」
「承知しました」
「はい!」
テキパキと指示を出したクライスに従って2人は小走りに動き出し、階段に差し掛かったところでレティーツィアが振り返った。
「あっ隊長!私からお願いしたことで恐縮ですが、頭叩くのこれからはやめてもらっても良いですか?仲良しに見えてカティアさんがヤキモチ妬いちゃうかもしれないので」
「え?!」
いきなりの流れ弾に変な声が出た。レティーツィアは言い逃げるように駆け足で2階へと上がってしまい、私は残された全員の視線を一身に受ける事になってしまった。
「カティア、大丈夫ですよ!わたくしから見てクライスと一番仲良しなのはカティアですから!」
「ターニャ、だ、大丈夫ですよヤキモチは妬いてませんから」
サリタニアの純粋で一生懸命な目が居た堪れない。
「あらあらカティアさん、そんなはっきり言ってしまってはクライスが可哀想ですわ」
「えっええと…」
「2人ともからかうのは勘弁してください」
「あらからかってなどいませんわ、ねぇ姫様」
「ええ!」
プリメーラはともかく、サリタニアは本気で私を励まそうとしてくれているのがわかる。クライスもそれはわかるのだろう、はぁ、と小さく溜息を吐いてこちらを見た。
「…すみませんカティアさん。どうかお気になさらず」
「いえ…でもクライスさんは人を意味もなく叩くような人ではないので、勘違いされる事がなくなるなら良かったです」
「え、それは、どうも、ご心配いただきまして…」
クライスは何故だかびっくりしたようで、歯切れの悪い返事が返ってきた。
「ふふ、良かったですわね、クライス」
「…そうですね、それは否定しません。さぁ、私はエドアルドと話してきますから、貴女方も就寝の支度をしてください」
そう言ってクライスはエドアルドが剣の手入れに行っている小屋の方へと向かい、寝る支度が終わっている私達は部屋に持っていく用にお茶を用意する事にした。
「クライスさんて、お城ではあんな風にお仕事されてるんですね。次々に指示を出されてかっこよかったです」
「そうなのです、クライスは的確にたくさんの人を動かして、わたくしの仕事を支えてくれるのですよ」
「人を見る目はこの国随一ですわ」
2人とも嬉しそうに笑っている。レティーツィアの反応からも感じるけれど、きっとクライスは城ではたくさんの人に頼りにされているのだろう。
部屋の準備が整い、クライスとエドアルドも宿へと戻り全員の準備が整ったところでパーティー開催の部屋へと女性だけで入ると、隣の部屋から移動された分が増えて部屋の中全体がベッドでいっぱいになっていた。
「すみませんカティアさん、だいぶ移動させちゃいました」
「いえ、大丈夫ですよ。ふふ、何だかわくわくしちゃいますね」
「でしょう?!今晩はたくさんお話しましょうね!」
端に追いやられたサイドテーブルでお茶を淹れていると3人は誰がどのベッドで寝るかの話し合いを始めた。何だか不思議な光景だなと思って見ているとレティーツィアがこちらに気付いた。
「カティアさん?どうかしました?」
「え、と、その、宿ってやっぱり男性のお客様が多いので、こんな風に同世代の女性だけで集まっているのが見慣れなくて…」
繁忙期に手伝いをお願いして女性が滞在する事はあっても、一時的なものだしそもそも繁忙期なのでこんな風にゆっくり顔を合わせてお茶をする事もなかった。
「ちょっと、嬉しいなって思って思わず見つめてしまいました」
「カティアさん…」
あれ、何故かレティーツィアが泣きそうな顔をしている。
「カティア!」
ベッドから降りたサリタニアが私の右腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。慌ててポットを置いて引かれるままにベッドの1つに座ると、サリタニアは私の腕を掴んだまま元気よく手を挙げた。
「わたくしカティアの隣を望みます!」
「じゃあ私はカティアさんの左側に寝ます!」
「あらあら、ではわたくしだけカティアさんと離れて寝る事になってしまいますわね。なら今のうちにくっついてしまおうかしら」
どういう状況だろう。ベッドに腰掛けた私の両手にサリタニアとレティーツィアがしがみついて、プリメーラには後ろから手を回されて抱きしめられる形になってしまった。
「ええと…」
3人ともそのまま動く気配はなく、どうしたものかと固まっているとレティーツィアががばりと顔を上げた。
「カティアさん!」
「は、はい」
「今晩はカティアさんが主役です!何かお話したい事ありますか?」
いきなりそう問われても、パジャマパーティーというもの自体が初めてなのですぐには思いつかない。話したいこと…会話のコツは相手の興味がある事や相手が返しやすい問いかけがきっかけに良いと昔商人のお客様に聞いたことがある。レティーツィアの興味ある事はまだわからないので、何か質問…あ、そうだ。
「あの」
「はい!なんですか?」
「レティーツィアさんってクライスさんの事、隊長って呼びますよね。何で隊長なのかなってちょっと気になってます」
「そうそう、わたくしも気になってましたわ」
「ふふ、わたくしは知ってます!」
右腕にしがみつきながら自慢気に言うサリタニアがかわいい。というかこのままの体勢で話し続けるのだろうか、と思ったところでプリメーラが離れてサイドテーブルでお茶の続きを淹れてくれた。それに気付いたレティーツィアも私の左腕を解放してお茶淹れを手伝いにベッドから降りた。サリタニアは離れる様子はないので私はベッドから立ち上がれずにいる。
「すみません、途中で放り出してしまって」
「構いませんわ。姫様は今晩は甘えたさんなようですから、カティアさんは姫様のお側にいらしてくださいまし」
「ありがとう、プリメーラ」
「いいえ、姫様がお気持ちに正直に振る舞われる場があって良かったですわ」
2人が淹れてくれたお茶を受け取り、ハーブティーの良い香りに癒されると隣のベッドに座ったレティーツィアが話し始めた。
「それで、何で隊長と呼んでいるかって話ですよね?」
「はい」
「まだ私が隊長からお仕事をもらう前の話なんですけど、姫様主催のお茶会があったんです」
貴族の女性はお茶会を開くのが義務のようで、国の第一王女主催ともなると規模もそれなりに大きくなるらしい。サリタニアの側近であるクライスももちろん運営の中心として動いていて、お茶会に出すお茶菓子や飲み物の手配をレティーツィアが所属していた厨房にお願いしていたという。
「でもどこで間違ったか発注数を間違えてしまって、10倍の果物が届いてしまいまして…」
「10倍…」
私も宿の経営をしている身なので、その重大さはわかる。特に果物なんて物によっては足が早い。
「クビになるのを覚悟で厨房全員で隊長に報告したんですが、隊長は今怒っても仕方ないと、多い分にはお茶会の方は無事に開催出来ると言って、私達をお茶会組と大量の果物を処理する組に分けたんです」
そんな状況で怒るでも驚くでもなく冷静に動けるなんて流石だな。私だったら混乱してしまいそうなのに。
「私は処理組になったんですが、その後の隊長がまたすごくて。隊長のご実家や厨房で働いてる私のような貴族令嬢の実家のシェフや街の取引先の料理人や商人を集めて意見を聞いて、保存食になるものとすぐに食べてしまわなきゃいけないものに分けて、調理したものを街で売ったり、孤児院などに分けたりしてあっという間に無駄なく処理してしまったんです。その時の指示の的確さや早さが戦場で一隊を率いる隊長さながらで、厨房のみんなから隊長って呼ばれてます」
「大変だったでしょうけど、クライスさんはやっぱりすごいですね」
そう返すとレティーツィアはにこにことしながらずいっと乗り出してきた。
「ふふ、カティアさん嬉しそう~」
「はい、クライスさんから研究院での厳しいお話を少しだけ聞いていたので、みなさんに慕われているのを聞けて嬉しいです」
「隊長が魔法や魔術が使えないのは貴族間では有名であれこれ言われてますけど、実際に仕事を一緒にした人達からは大体慕われてるんですよ。姫様の侍女からはうちの姉も含めてちょっと怖がられてますけど、姉も、厳しい上司だけど頼れる人だとは言ってます」
クライスの話から彼はサリタニアやエドアルドのような近しい人達以外からは距離を置かれているのだと勘違いしまっていたけれど、実際に城ではこうして慕っている人達がいると聞いておこがましいかもしれないけれど安心した。
「そうなのです、クライスは本当に頼りになる側近なのですよ」
「周りへ目も配れますし、書類も美しいですし、文官からの好感も高いですわ。自慢の幼馴染ですの」
「女性に優しくないのも、カティアさんにとっては良い事でしたね!大丈夫ですよ、城では隊長の浮いた話はひとつも聞きませんでしたから」
どんと胸を叩いて何故か自慢気にそう語るレティーツィアだけれど、果たしてそれはクライスにとって良い事なのだろうか…申し訳ない事に心の半分くらいで安心している自分がいるけれど…。
「さぁ、次は隊長の何を話しますか?」
「えぇ、そんなクライスさんの話ばかり聞いたら本人に悪いですよ」
「ええーパジャマパーティーの醍醐味は恋バナじゃないですか~」
「わたくし、レティーツィアの話も聞きたいです」
「わたくしも聞きたいですわ。キースさんは平民との事ですけれど、どちらでお会いしましたの?」
「え、私の話で良いんですか?そうですねぇ、キースは城に小麦を納入している業者さんで…」
次から次へととりとめのない話をどれくらい話していただろう。楽しい時間はあっと言う間に過ぎてゆき、話しながらゆっくりと飲んでいたすっかり冷めきったお茶もカップから無くなった頃、サリタニアが限界を迎えたようで話しながらこくりこくりと船を漕ぎ始めた。
「ターニャ、横になって寝ましょうか」
「お開きですね」
「…ごめんなさいレティーツィア…わたくし、」
「良いんですよ姫様。パジャマパーティーは無理するものじゃありませんから。誰かが眠くなったら終わりにするんです」
だいぶ限界だなとサリタニアの手からカップを受け取ると、目をこすりながらはい、と力なく答えノロノロとした動きでベッドへと潜り込んだ。少しずれていた掛け布団を整えると、サリタニア達がここへ来た初日の夜を思い出す。サリタニアを泣かせてしまって、仲直りをして、これからの日々に緊張しながらも眠りにつくサリタニアの顔を見て愛おしく思った。小さな肩に色々なものを背負っているサリタニアの力になれたらとは思ったけれど、まさかこんな夜を迎えられるようになるだなんて。
「そうしているとお二人は姉妹みたいですね」
「そうですわね、本当に仲良しで羨ましいこと」
小声で言われて思わず顔が緩む。少し前まではそんな事恐れ多いと否定の言葉が口から出ただろう。でも今は素直に心から嬉しい。
「あっカティアさん嬉しそう~」
「はい、嬉しいです」
「さっきよりも嬉しそうですねぇ。隊長の一番のライバルは姫様かもしれませんね」
「あら、それなら姫様の圧勝ではありませんこと?」
「え?!」
思わず声をあげてしまい、2人に人差し指を口元に当ててしぃっと静かに注意された。




