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61. 面映ゆい朝

「…さん、……ティ…さん」

「んぅ…」

「カティアさん、起きてくださいまし!」


 耳元で名前を呼ばれて目を開くと、窓から入る光がいつもより眩しく感じた。


「…え?あれ?」


 状況を確かめる為に起き上がろうとすると、重みを感じた。私の胸元ではサリタニアが穏やかな顔ですうすうと寝息をたてている。


「体調が悪いというわけではありませんのね?」

「体調…?はい、元気です」

「気が抜けましたのね。クライスが貴女達がなかなか起きてこないからと心配してわたくしを呼びに来ましたのよ」

「えっと…」

「いつも起きる時間から3時間は過ぎていますわ」


 プリメーラのその言葉に頭が完全に覚醒した。同時にさぁっと血の気が引く。時計を使う習慣はここではあまりないけれど、3時間というとおそらく朝の掃除を一通り終えて朝食も済んでいる時間だろうか。


「すみません!え、どうしよう!すぐ朝食を用意しますね!」

「落ち着いてくださいまし、朝食は男性陣が簡単に用意してくれていますわ。体調不良で起き上がれないのではと心配していただけですから、ゆっくりお支度なさいな」


 寝坊だなんて初めてしたかもしれない。昨日色々あったとはいえ、情けなさすぎる。


「んむぅ…」


 プリメーラとの会話の声でサリタニアも目を覚ました。


「おはようございます、ターニャ」

「…ふふ、おはよう、カティア」


 そう言いながらむくりと上半身を起こし、まだ覚めきっていない頭のままふにゃりと笑った。サリタニアの体調も悪いわけではなさそうだ。


「姫様、おはようございます」

「…あら?プリメーラ、どうしたのですか?」

「ターニャ、私達だいぶ寝坊をしてしまったみたいです。プリメーラさんは起こしに来てくれました」

「あら…寝坊…え、寝坊ですか!?」


 サリタニアも一気に目が覚めたらしい。


「カティア、ごめんなさい。わたくしすっかり…」

「大丈夫です、私もさっきプリメーラさんに起こしてもらった立場ですから…」

「お二人とも、宿でみなさんお待ちしておりますから、着替えていらしてくださいな。心配ない事は先にお伝えしておきますわ」


 サリタニアの髪のセットだけは妥協せずに2人で急いで支度をし宿の方へと行くと、テーブルには昨晩の夕食の残りと今朝作ったであろうスープが並んでいた。


「おはようございます、体調が悪いようでなくて良かったです」


 クライスが紅茶の準備をしていた。私達がこちらに来るタイミングを計ってくれていたのだろうか、熱々のお茶が丁度カップに注がれて席に置かれた。


「おはようございます、すみません…寝坊しました」

「わたくしもぐっすりと寝てしまいました。ごめんなさい」

「いいえ、昨日は色々ありましたし、姫様もお疲れでしたでしょうから」

「姫様はもちろん、カティアさんも安心して気が抜けたんだろうな。今日はゆっくりと過ごせば良いさ」


 クライスもエドアルドも優しい言葉をかけてくれて、起こしに来てくれたプリメーラはもちろん、オーウェンもゲイルも怒ることなく笑ってくれている。昨夜も思ったけれど、この空気の心地よさにエドアルドの言う通り気が抜けたのだろう。


「それでも女性に夜更かしは厳禁ですわよ?」

「それが、昨晩はターニャが色々とお話をしてくれるという事だったんですが、二人してすぐに寝てしまったんです」

「そうなのです、旅の間のお話を全てカティアに聞いてもらおうと思っていたのですが、お布団を被ったらいつの間にか寝てしまっていて」

「私もターニャの温かい体温にすぐに眠くなってしまって…」

「あらあら、そうでしたの」


 そう、ベッドに入って爛々とした目で旅の話を始めてくれたのだが、泉に着いてお弁当を食べ始めたあたりでサリタニアの目蓋が閉じてゆき、すぐに寝てしまったのだ。そしてサリタニアが温かくて、近くに感じる穏やかな寝息が心地良くて私もいつの間にか寝てしまっていた。


「本当にすみません、クライスさんとエディさんもお疲れなのに」

「いや、俺達はそうでもないんだ。なぁクライス」

「ええ、私も昨晩はオーウェンが夜の護衛を請け負ってくれたので良く休めました」

「それなら良かったですが、朝の仕事もお任せしてしまって…」

「良いんですよ、カティアさんもたまには肩の力を抜いてください」

「そうそう、ほら、飯食うぞ。この後気合い入れて料理するんだろ?」


 スープをよそってくれたゲイルにさっさと席につけと目線で言われ、サリタニアと椅子に座るとふわりとスープの良い香りが鼻をくすぐりお腹がくぅと鳴いた。


 私のお腹の音を発端に笑い声の絶えない朝食を済ませ、片付けは私がやると言うと、サリタニアも手伝うと言ってくれたので、では寝坊した2人でやろうと立ち上がった。


「みなさんはゆっくりしていてくださ…」


 お皿をまとめながら、更に皆の方を見ながら立ち上がったのが良くなかった。ガチャンという音と共に、皿が2枚床に落ちて割れてしまった。


「す、すみません!すぐ片付けます」

「カティアさん、危ないですから」


 割れた破片に手を伸ばすと、横からクライスに止められた。クライスはそのままハンカチを出してハンカチ越しに破片を集め、空になったお土産の料理の箱に入れてくれた。


「素手で触っては駄目ですよ」

「すみません。またハンカチを汚させてしまって」

「ハンカチは汚れを受ける為のものですから気にしないでください。カティアさんの怪我で汚れるのはもう勘弁してほしいですがね」

「はい、気をつけます…。じゃあそれ裏に置いてきますね」


 割れ物をまとめて入れてある入れ物が宿の裏にあるので、破片の入った箱を受け取ろうとするとひょいっと私の届かない高さまで持ち上げられてしまった。エドアルド程背が高いわけではないのに、手足がすらっとしているからだろうか、腕を思い切り伸ばしても届かない。


「…クライスさん?」

「危なっかしいですから、私も行きます」

「大丈夫ですよ」

「いいえ、寝坊も皿を割るのも普段しない事じゃないですか。あと一つや二つやらかしかねないのでは?」


 そう言われると何も言えない。


「まぁまぁカティアさん、しばらくはクライスのやりたいようにさせてやってくれ」

「ふふ、クライスったら大切な女性にはとっても過保護になるタイプですのね」


 満面の笑みで2人にそう言われ、クライスは眉間に皺を寄せて睨み返した。でも私から見えるその横顔はそこまで嫌そうではなく、どちらかと言うと照れ隠しのように思えた。可愛い、と思ってしまうのは失礼だろうかと考えながらもそんなクライスの表情を見れるのが嬉しくて口元が緩んでしまう。


「じゃあクライスさん、裏までご案内するのでお願い出来ますか?」


 それならテーブルの片付けは私が、とサリタニアが名乗り出てくれたのでお任せしてクライスと外へ出た。いつもより日が高く、一日の感覚がおかしくなりそうだなと思ってふう、と小さく息を吐いて気合を入れた。


「調子が出ない事で落ち込んでます?」

「え…?」


 歩みを止めたクライスの声に私も立ち止まって顔を見上げると、ものすごく心配しているんだろうなという表情で私を見ていた。もしかして溜息と思われてしまったのだろうか。


「え、と、自分でもびっくりしてますが落ち込んではいないです」

「なら良かった」


 ほっとしたのか、微笑んだクライスは視線を前方に戻して再び歩き始めた。


「いつもしっかりしているカティアさんにこういった可愛らしい失敗をさせている原因が自分ではないかと思うと言いようのない幸福感に満たされてしまうのですが、それで貴女を落ち込ませてしまうのは本意ではありませんから」


 なんだかとっても恥ずかしい事をさらっと言われている気がする。


「か、可愛らしくはないと思いますが…」

「はは、そこですか」

「その、たぶん、失敗の原因が嬉しいので、落ち込みはしないです」


 あぁ、また顔に出てしまっているんだろうなと思うと少し気恥ずかしくて俯きがちになってしまうけれど、伝えたい気持ちが勝った。


「私、初めて人を好きになって、気付いた瞬間からクライスさんに迷惑をかけてしまうと思って、胸がぎゅうって苦しくなる事しかありませんでした。だから、クライスさんを好きな事でこんなに幸せな気持ちになれるのが嬉しくて、まだ頭の中も気持ちもふわふわしていて…それでお皿も割ってしまったんですけど…あ、ここです、この壺の中に入れて…」


 目的地に到着したのと、少しだけ気恥ずかしさを誤魔化すのに、割れた破片を入れている壺を指差してクライスの方を向くと、箱を小脇に抱えて両手で顔を覆っていた。 


「あの…クライスさん?」


 何か失礼な事を言ってしまったのだろうか。


「…カティアさんは一度受け入れてしまうと強いというのはわかってましたが、こうも素直になられるとは思いませんでした」

「す、すみません…口に出すのははしたないですか…?」

「いえ、私が自身との戦いに勝てば良いだけの話です…まったく…」

「?」


 最後の方が聞き取れなくて両手越しに顔を覗き込むと、長い指の間から綺麗なアメジストの瞳が覗いてじとりと軽く睨まれた。


「あの…」


 やはり何か悪いことをしてしまったのかと思った瞬間、ふわりと頬に柔らかな口付けをされた。


「まったく、私がキス魔になったらカティアさんの所為ですからね」

「キっ…」


 そのまま私の肩に顔を埋めたクライスの綺麗なサラサラとしたミルクティー色の髪の毛が目の前で揺れるのを見ながら、彼の口から出てくる似つかわしくない言葉に驚きと恥ずかしさで何も返せない。耳どころか首まで熱くなってきた。


「あ、あの、クラ…」

「キャァァァァ!」


 どうしたものかととりあえず名前を呼ぼうとすると、宿の方から悲鳴が聞こえてきた。


「え!?」

「戻りましょう」


 クライスは纏う空気をガラッと変えて私の手をとり宿の方へと駆け出した。


「決して私の側を離れないでくださいね」

「は、はい!」


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