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60. 夫婦の語らい(エドアルドside)

 就寝の挨拶をして姫様達を見送り、宿にはプリメーラとゲイル君と俺の3人になった。


「じゃあ俺も寝ます。寝ちゃったらあんま話し声とか気にならないんで、気にしないで」

「あぁ、ありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい、ゲイルさん」

「おやすみ」


 2階へと上がるゲイル君を見送りさて、とプリメーラを見る。


「お茶でも淹れて俺達も部屋に行くか?」

「はい、旦那様の疲れが取れるようハーブティーにいたしましょう」


 プリメーラが家から持ってきたというハーブティーの慣れ親しんだ香りに気持ちが落ち着いていく。正規の護衛が俺一人で姫様を守りながらの旅路には思った以上に気を張り詰めていたらしい。


 テーブルにランプを置きカーテンを閉めようとしたプリメーラがあら、と小さな声を出した。


「どうした?」

「あ…いいえ、この部屋から小屋が見えるのに気付いただけですわ。旦那様達がお帰りになるまではあちらは使用しておりませんでしたから」

「ああそうか、カティアさんは仮眠室で寝ていたのか」

「ええ。そのおかげで夜も安心して眠れましたわ。ふふ、あそこに灯りが灯ると夜も違った雰囲気になりますわね」


 俺も窓辺に寄り、プリメーラの横から小屋の方を見る。部屋の灯りに火が灯った小屋は周りの背の高い木々を柔らかく照らしていて、夜の森という人に怖さを与える空間を優しく包んでいるように見えた。


「…プリメーラ、クライスの事考えているのか?」


 目にキラキラと光が揺らめいて見えるのは小屋の灯りが反射しているからというだけではないだろう。


「あら、嫌ですわ、別に悲しいわけではありませんのよ?」


 目尻を指で拭いながらひどく優しい顔をしてこちらを振り返った。


「わかってるよ、嬉しいんだろう?」

「…はい、クライスにはずっと幸せを掴もうとしてほしいと思っておりましたから。クライスはわたくし達に心を許してくれているとは思いますが、それでも、どうしても絶対に踏み込ませない部分がありました」

「そうだな、今でも話せない事があるらしいが、それでも前とは違う気がする」

「えぇ、解放されたよう、と言いましょうか。あんなに穏やかな顔をしているクライスを見れた事がわたくしはとても嬉しいんですの」


 クライスはここに来てから本当に表情豊かになった。幼馴染だから言いたいことは言える仲だが、ここにいる間は珍しく弱みを見せていたというか、あの口の立つ男を俺でもからかって言い負かす事が出来るような事もあった。


「城にいた頃は、あの小屋の灯りに入らず、灯りが遮られる木の陰を好んでいるようでしたわ」

「…あぁ、それで小屋よりも快適な空間を作り上げて小屋の中にいる人から羨ましがられるんだ」

「まぁ、ふふ、そうですわね」


 一人でいる事を選ぶけれど孤独でも惨めでもなく、むしろ羨望の的になるような男だった。


「それが、今はあの小屋の温かい灯りの中できっと頬を紅く染めて、カティアさんと幸せそうに微笑み合っているのですわ」

「…そう思うと感慨深いな」


 プリメーラとの婚約者候補を解消する手伝いをしろと言われた時の事を思い出す。あの時は人並みの幸せを諦めて必死に別の道を探そうとしているのかと思っていたが、全てはこの時の為だったのだろうか。


「いつか、カティアさんを好きになった時の話を聞かせてもらいたいな」

「わたくしは、あの時からの想い人がカティアさんだったのだと思っておりますわ」

「何かクライスに聞いたのか?」


 やけに自信満々に答えるプリメーラに尋ねる。いくらプリメーラでも、俺より先にクライスの秘密を知らされたというのは面白くない。


「いいえ、女の勘ですわ」

「…ふ、ははは、そうか」


 俺がつまらない嫉妬心を覚えた事もプリメーラは全てお見通しなのだろう。おどけるように人差し指を口元に当ててウインクをしながらそう答えられた。こんな少女のような振る舞いは決して外ではしない、俺だけが知ってるプリメーラの姿だった。堪らなくなってプリメーラを後ろから抱き寄せそのままベッドに勢いよく仰向けに倒れ込んだ。


「きゃあ!もう、いきなりなんですの、びっくりするのでやめてくださいまし!」

「はは、すごいな、プリメーラだ」

「はい、プリメーラですが?」

「プリメーラがここにいるのが嬉しい」


 そう言うとばたばたと振っていた腕は大人しくなった。仰向けのまま俺に乗った形のプリメーラが居心地悪そうだったので腕は解かないまま横に下ろしてやり、そのまま後ろから強く抱きしめた。うなじに顔を埋めるとサラサラの髪が顔を心地良くくすぐって、プリメーラが愛用している香油の香りがした。


「あと半年は会えないと思ってた。来てくれてありがとう」

「わたくしも、旦那様に会いたかったです」


 こちらを向きたいのだろう、もぞもぞと腕の中で体勢を変えようとするプリメーラを阻むように腕に力を込めた。


「…エドアルド様?」

「いや、すまん、向き合うのは駄目だ」

「なぜですの…?」

「必死に抑えてるんだ」

「何を…あ、」


 プリメーラも気付いたのだろう、俺の腕の力を緩めようと必死に力を入れていた手を離した。


「すまない、生理現象なんだ、許せ」

「許すも許さないもありませんわ…」

「流石に、この宿でしたらカティアさんに申し訳が立たないからな、クライスにも釘を刺されたし」

「わたくしだって、同じ気持ちですわ」

「…どっちの?」


 結婚して数年経つのに未だにこういう時耳を真っ赤にするプリメーラに愛おしさが増して思わず意地悪な事を言ってしまった。何も言わないプリメーラにやりすぎたかと反省し始めた直後、ぺちんと音を立てて後ろ手に頬を軽く叩かれた。


「どっちも!ですわ!」


 ああ、俺の妻は最高だなと改めて思いながらこれくらいなら許されるだろうと真っ赤な耳に軽く口づけた。


 このままではいけないと腕の力を緩めてプリメーラを解放し、ベッドから離れて淹れてきたハーブティーを2人分カップに注いだ。


「いつまでいられるんだ?」


 カップを渡しながら自分を落ち着かせるためにも事務的な話を始めると、プリメーラも受け取りながら仕事に向き合う、いつもより少し力強い目になった。


「そう、ですわね。少しゆっくりして来いと言われて余裕を持って不在期間を設定してきましたが、まさか旦那様達が不在だとは思いませんでしたから…」

「出発前にはクライスが一度城に帰ったりもしたんだがな。すごいタイミングですれ違ったな」

「あら、そうなんですの?すれ違って良かったですわ」


 にこりと嬉しそうに笑うプリメーラに俺も良かったと返す。すれ違わずにクライスだけ城でプリメーラと会ったと聞いたら流石に落ち込みそうだ。


「ですから、明日くらいはクライスにもゆっくりしてほしいですし、出発は2、3日…遅くとも5日後でしょうか」

「そうか。でもそれだけ空けられる様になってきたんだな」

「えぇ。後任が随分育ってきていますわ」


 女性で最年少で試験に合格したプリメーラは上司の覚えも良く任される仕事の量も多いようだったが、それも落ち着いてきているようだ。


「まだ内々の話ではあるんだが…」


 コトリとカップを置いて椅子に腰掛け、ベッドに座るプリメーラの顔を正面から見つめた。少しの青色を混ぜた澄んだ瞳がランプの光に照らされてキラキラと揺れている様に綺麗だなと改めて思う。整った顔にサラサラの銀糸のような髪がかかって深層のご令嬢のような見目なのに、これで周りが吃驚する程の行動力を持ち合わせているのだからずるいと思う。俺は一生プリメーラに惹かれ続けるんだろう。


「姫様がな、側近と専属護衛を増やしたいと仰ってるんだ。俺達の仕事量が気になり始めたらしい」

「まぁ…そのような事にまでお心を砕いていらっしゃるのですね」

「あぁ、ありがたい上司だな。姫様もこの課題でだいぶ成長されているようだから、少し外の風を入れても大丈夫だろうというのがクライスの答えだ。もちろん相当の精査はするだろうが」

「その辺りはクライスに任せておけば大丈夫ですわね。きっと信頼できる人材を連れてきますわ」

「そうだな。…それで、新体制で少し落ち着いたら、俺をしばらく城内と王都の務めのみにしてくださるそうだ」


 今回の課題のような長期間城を離れるような事はあまりないが、普段から視察や式典などで王都を離れる事は多い。


「しばらくは毎日家に帰ってプリメーラとゆっくり過ごしなさい、だそうだ」

「ふふ、姫様のお心遣いに感謝しなくてはなりませんわね」

「…俺ももうそろそろ家の事を考えなければと思っていたからありがたく受令したよ」

「旦那様、それは…」


 プリメーラは一度言葉を切り、持っていたカップをテーブルに置いた。俺が何を言おうとしているかわかったらしい。本当に出来た人だ。


「…お続けください」

「プリメーラの体の為に、念の為身体と魔力の成長が止まるまでは子供を作る事は避けていただろう。医者の話ではもうそろそろかと思うんだ。姫様のおかげで俺も近くで支えられるようになりそうだし…プリメーラにはしばらく仕事を休んでもらわなければならなくなるが、どうだろうか」


 プリメーラは俺の言葉に俯いた。肩が小さく震えている。俺は椅子から立ち上がり、プリメーラの横に座って落ち着かせるように震える肩を優しく抱き寄せた。


「今日は涙腺が緩いな」

「…申し訳、ございません」

「悲しい涙でなければいくらでも流せばいい」


 少しの間そのまま静かにしていると、落ち着いたのかプリメーラが体を離して顔を上げた。


「エドアルド様、王都でその日を待ち遠しく思いながらお待ちしておりますわ」


美しく優しく弧を描く瞳を縁取る長い睫毛に涙が残ってキラキラとランプの光を受けているのが美しかった。


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