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59. 長い一日の終わり

「カティアさん、今晩は夜番は必要ないだろうけど、俺宿の方で休んでも良いか?」


 楽しい夕食の時間を終えて、お風呂で疲れも癒してもらって、その間に少しだけ残っていた夕食の片付けをしているとエドアルドに声をかけられた。


「はい、もちろん」


 久しぶりに会えたのだからプリメーラとゆっくりと話もしたいだろう。


「では私が小屋の方へ行きます。サリタニア殿下の護衛がクライス様だけでは大変でしょうから」

「お願いしようと思っていたところだ。ありがとうオーウェン」

「いえ、クライス様のお役に立てるなら幸甚です」

「そこは建前でも良いから家長を立ててくれよ…」


 相変わらず無表情のオーウェンだが、心なしか嬉しそうに見える。


「カティアさん、オーウェンはずっとプリメーラの護衛だったんだが、クライスと色々とやりとりをしているうちに懐いてしまって」

「あ、もしかしてお手紙を届けていた時ですか?」

「うん?」

「プリメーラさんに少し聞きました、昔のみなさんのお話」

「そ、そうか。なんだか恥ずかしいな」

「す、すみません」

「いやいやすまない、謝るほどの事じゃないんだ。ちょっと照れくさいだけで」


 こほん、とひとつ咳払いをしてエドアルドはオーウェンの肩をぽんと叩いた。


「そういうわけだから、クライスの大事な人ならオーウェンも守ってくれるはずだから、何かあったら遠慮なく頼ってくれ」

「お任せください。カティア嬢…いえ、カティア様の事は宿で過ごすうちに好ましく思っておりましたので、クライス様が貴女様のような方を選ばれてとても嬉しいです」


 なんと、そう言ってオーウェンは嬉しそうに微笑んだ。そんなオーウェンを見れて嬉しい。けれど。


「あの…出来れば今までと同じようにお話してくださると嬉しいです…」


 様、だなんて、恥ずかしいを大幅に越えて恐れ多くて逃げ出したくなってしまう。


「…ふ、承知しました」

「おお、お前が声出して笑うなんて珍しいな」


 声を出す、と言うには随分小さかったけれど、快諾してくれたようで良かった。


「みなさん、何をお話していらっしゃるの?」

「プリメーラさん、ターニャ」


 プリメーラが持っていた香油を、旅の疲れに効くからとサリタニアに塗っていたのが終わったようで二人が2階から降りてきた。


「ターニャ、良い香りですね」

「ええ、プリメーラ、ありがとう」

「いいえ、殿下に喜んでいただけたのなら幸いですわ」


 にこりと笑みを返したプリメーラは、そのまま定位置につくようにエドアルドの側に立った。こんな自然な二人のように私達もなれるだろうか。


「プリメーラ、カティアさんの許可をもらったぞ」

「許可ですの?」

「あぁ、今晩はこちらで休むことにするよ。オーウェンは俺の代わりに小屋の方で休んでくれるそうだ」

「まぁ!嬉しいですわ。わたくし、旦那様にお話したい事がたくさんありますのよ」

「俺もだ」


 エドアルドが不在だった時にも、話を聞くだけで素敵な二人だと思っていたけれど、こうして目の当たりにすると本当にお互いを大切に想っているのが伝わってきて、こちらも幸せな気持ちになる。


「カティアさん、風呂場を閉めました。装置のメンテナンスもしておきましたよ」


 最後にお風呂を使っていたクライスが戻ってきた。


「ありがとうございます。すみません、旅から帰ってきたばかりだというのに」

「いいえ、久しぶりに楽しかったです」


 あ、気を遣ってくれたわけじゃなくて本当に楽しかったんだな。少年のような顔をしている。


「クライス、俺今晩はこっちで休むな。オーウェンがそっちに行くから」

「……」

「なんだよその顔は」

「…弁えろよ?」

「当たり前だろ」


 表情と短い言葉だけで交わされる会話の意味はわからなかったけれど、幼馴染にしか通じないものもあるのだろう。


「オーウェンさん、馬の食事終わったよ」


 ガチャリと扉が開いて、馬の世話をしていたゲイルも宿に戻ってきた。


「すまない、いつもありがとう」

「いや、テオのついでだし、今日2頭増えたし、馬好きだし」


 御屋敷には馬番がいるそうで、オーウェンもプリメーラも馬には乗れるけれどお世話の仕方を知らなかったそうなのだ。私も今までお客様に厩舎を貸すことはしてもお世話まではしていなかったから、ゲイルがいてくれて良かった。


「ゲイル君が面倒をみてくれていたのか。我が家を代表して礼を言うよ」

「いや…」

「うん?どうした?」

「その、なんというか、エディさんて、本当に家長なんだなって」

「あ、それ私も思いました。騎士のエディさんしか知らなかったから新鮮というか」

「二人してなんだそれ、嫌だな照れるなぁ」


 私達の発言へかエドアルドの困り顔にかわからないけれど、みんな同じように可笑しくなってしまって、笑い声に包まれた。ずっと続いてほしいような、そんな素敵な夜だった。


 名残惜しい気持ちはあったけれど、疲れているだろうから早めに休もうと、ゲイルとエドアルド、プリメーラを宿に残して私達も小屋へと移動した。


「ターニャ、寝る前にハーブティーでも飲みますか?」

「いえ、先程たくさんお茶をいただいてしまったのでやめておきます

「わかりました、ではもう休みますか?」


 ゲイルの村で休んで来なかったのなら昨夜は夜営だっただろう。きっと帰ってきたとたんに色々とあった興奮で動けているけれど、体は疲れているはずだ。


「あの、あのね、カティア」

「はい」

「私、帰ってきたらカティアにお願いしようと思っていた事があって」

「はい、なんでしょう」


 帰ってきたら、と言うという事は旅の間にも私の事を考えてくれていたのだろう、それがとても嬉しくてどんなお願いでも叶えてあげたくなる。


「私、カティアにたくさんお話したい事があって、帰ってきたら一緒のベッドでお話しながら眠りたいと思っていたのです」

「嬉しいです。ターニャが疲れていなければぜひ」

「…良いのですか?だって、カティアはクライスと想い合ったのでしょう?」


 うん?それとこの話と何が関係あるのだろう。


「お父様とお母様も、エディとプリメーラも想い合っている人達は皆同じ部屋で寝ています。だから、カティアとクライスもそうなのでしょう?」

「え…?」

「ターーニャ!」


 背後から珍しく大声で叫ばれたクライスの声に二人してビクリと肩を震わせ、何事かと振り返るとはっと我に返ったような顔をしたクライスがこほん、とひとつ咳払いをした。


「…失礼、旅の間の癖が出ました。姫様、そのようにするのは正式な契約を交わしてからです。今はそんな事にはなりませんから、どうぞお好きなようになさってください」

「まぁ、そうなのですね。では遠慮なくカティアは独り占めさせてもらいますね、クライス」

「どうぞ。ただし姫様が無理をして寝不足になるのも、カティアさんに無理をさせるのもお控えくださいね」


 クライスの許可を得たサリタニアは嬉しそうに枕を持ってくると言って自室に入っていった。


「…すみません、そのような勉強は16歳になってからの予定でして」

「その、ような?」


 どのような?と今のサリタニアの話を頭の中で繰り返した。想い合っている二人が同じ部屋で、契約を交わしてから、というと…


「あ…」


 思い当たる答えにたどり着いて顔が熱くなってくる。


「あぁ、良かったです。説明する事にならなくて…」


 ぽそりとそう呟いたクライスの顔も紅い。


「あ、あの、すみません、でも私も漠然とした事しかわかってないです…もしかして、16歳を過ぎた貴族の方は皆さんご存知なんでしょうか」

「え!?いや、それは人それぞれかと…というかカティアさん、その、漠然とした知識はどこから…」

「商人のみなさんが酔っぱらうと盛り上がってそういう話が上がることが…」

「そ…そうですか」


 顔から火が出そうになりながら、この会話をどう終わらせようと必死で混乱する頭を働かせる。おそらくクライスも同じような状況で、あ、とかう、とか何かを言わなければと思っているのか、小さな声が漏れ出ている。


「あの」

『はい!』


 突然オーウェンに声をかけられてひっくり返った声を揃えて返事をしてしまった。


「お取り込み中申し訳ありません。姫様が困っていらっしゃいます」

「ごめんなさい、やっぱり私、一人で寝たほうが良いかしら…」


 そこには枕を抱きかかえながら寂しそうな顔をしたサリタニアが立っていた。


「いいえ、いいえ、私、ターニャと一緒に寝たいです!良いですよね、クライスさん」

「もちろんです!」

「さ、私の部屋に行きましょう。あっそうだ、オーウェンさんすみません、こちらの部屋をお使いくださいね。キッチンのものもご自由にお使いください。ではおやすみなさい!」

「はい!おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


 いつでも使えるように整えてある空き部屋を案内して、逃げるように部屋へと入り後ろ手に扉を閉めた。心臓がばくばくと激しく鳴って顔も熱い。私、これからもつだろうか。


「カティア、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 心配そうなサリタニアを落ち着かせるために顔は紅いままだけれど笑顔を作って答えた。


「ちょっと、その、幸せな、だけです」

「まぁ、それなら大丈夫ですね!」


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