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58. 縁

 宿にクライスと二人で戻ると、だいぶ時間が経ってしまったにも関わらずみんな夕食もとらずに私達を心配して待っていてくれた。誤解が解けた事、お互いの気持ちを伝えた事、これからの事を報告すると、みんな笑顔になってくれた。サリタニアなんて、顔を輝かせたと思ったらぽろぽろと泣き出してしまって、以前クライス達の前で涙を隠していたから心配すると


「嬉しい時は良いのです」


 と、私の腰にぎゅうと抱きつきながら満開の笑顔を見せてくれた。


「カティア、よかったな」

「ゲイル…」

「言ったろ?」

「知ってたの?」

「んー、知ってたっていうかわかってたっていうか」

「そっか…」

「あ、でもあの夜お前と話したのは別に遠慮とかじゃないからな?クライスさんと話して、俺がカティアを想う気持ちはクライスさんとは違うんじゃないかって気付いたから」


 そう言うとゲイルはクライスさんの顔をじっと見て、頭を下げた。


「ゲイル君?」

「クライスさん、カティアをよろしく。俺の大事な家族なんだ」

「…はい、もちろんです」

「クライスさんなら安心だよ」


 頭を上げてにっと笑うゲイルにまた視界が滲んでいく。私は、こんなに優しい人達に想われてなんて幸せ者なんだろう。おばあちゃんがいなくなってしまって一人になった時、仕方がない事だと受け入れて、一人で生きて行かなくてはと自分を無理やり奮い立たせてここまで来たけれど、仲間で楽しそうに旅をしている商人達や、村の人達の家族の形を見て心が痛まなかったわけではなかった。もう、そんな風に寂しい思いをしなくて良いのだという安心感と、今まで近くで想っていてくれたゲイルや、きっと同じように私を気にしてくれている村の人達や常連の商人達の気持ちに気付かず、一人だと思い込んで意地になっていた事への後悔とで先程出し尽くした思っていた涙がまた自分の意思では止められない程に溢れてきてしまう。


「ああもう泣くなって」


 ゲイルの大きな手が頭をぽんぽんと撫でてくれて、サリタニアに更に強い力で抱きしめられて、とめどなく溢れてくる涙がやっと落ちついてくるとどこからともなくくぅ、と小さな可愛らしい音が聞こえた。


「…ごめんなさい、わたくしです」


 サリタニアの腕から力が抜けて、ぽそりと呟き耳を紅くさせながらそっと私から離れたその姿が可愛すぎて涙は完全に止まってくれた。


「私こそごめんなさい、ずいぶん待たせてしまいましたよね、夕食にしましょう」


 漸くはっきりとしてきた視界で周りを見回すとクライスは少し離れたところでエドアルド達と話しているようだった。私がそちらを見ている事に気付いたエドアルドに手招きをされた。


「行ってこいよ、食事の支度は俺がしとくから。って言ってもリュックから出すだけだけど」

「ゲイルさん、私も手伝います!」


 そうだった、村の人達がお土産にごはんを持たせてくれたって言ってたっけ。おばちゃん達に心の中で感謝しながら、ゲイルの言葉に甘えてエドアルド達の方へと向かった。


「カティアさん、まずはプリメーラの話を聞いてくれるか?」

「え…?」


 そう言われてエドアルドの少し後ろに立っているプリメーラを見ると、青い顔で俯いていた。


「えっプリメーラさん具合でも悪い…」

「ごめんなさい、カティアさん!」


 がばっと顔を上げたプリメーラは泣きそうな顔をしていた。


「わたくしの勘違いの所為で、貴女を傷つけるような事をしてしまいましたわ。わたくし、カティアさんにあんなに良くしていただいたのに、恩を仇で返すような事をしてしまって…本当にごめんなさい。先程ゲイルさんにも心から謝罪をいたしました」


 そうだ、プリメーラが指輪をゲイルから贈られたもので、ゲイルと私が夫婦だと勘違いしていた事から始まったのだった。


「プリメーラさん、謝らないでください」

「カティアさん…」

「プリメーラさんの所為じゃないです、どちらかと言えば、プリメーラさんのおかげです」


 あのきっかけがなければ、私はずっとクライスへの気持ちを隠そうとしていただろうし、今考えるとそれはずっとクライスをも傷つける事になってしまっていたはずだから。


「ゲイルの事も、以前にも友人に勘違いされましたから気にしないでください。家族に見えていたならそれはそれで嬉しいですから」

「…ゲイルさんと同じ事をおっしゃいますのね」


 あ、そうなんだ。


「それなら余計にもう気にしないでください。ゲイルも私も本当に気にしてませんから」

「そう、なのですね。わかりましたわ、これ以上言うのは逆に失礼になりますのね?」

「はい」

「では約束させてくださいまし。カティアさんを泣かせてしまった事は事実ですから、お詫びにカティアさんが城へ来る事があればわたくしを頼ってくださいませ。そうしたらわたくしは何があってもカティアさんを支えますわ」

「ありがとうございます、今後の事はまだわからないですが、プリメーラさんがいてくださるなら心強いです」


 プリメーラは私の手を取りぎゅ、と優しく握って、綺麗な澄んだ瞳でまっすぐとこちらを見てきた。


「絶対に、約束ですわよ?」

「はい、約束です」


 私もプリメーラの手を握り返すと、先程まで青く沈んでいた顔に赤みがさして、女神様のような綺麗な顔は笑顔に戻ってくれた。


「落ち着いたか、プリメーラ」

「はい、旦那様。お恥ずかしく狼狽えてしまい申し訳ありませんでした」

「カティアさんも、ありがとうな、プリメーラ共々長い付き合いになるだろうからこれからもよろしくな」


 そっか、そういう事になるのか。サリタニアの課題が終わっても会いに来てくれるとは言ってくれていたけれど、きっとなかなか会えないと思っていた。でも、もしかしてクライスと一緒に居れるだけではなく、サリタニアや彼らとも会いたい時に会える間柄になれるのだろうか。それはとても嬉しい。ああでもそうしたら今度はゲイルとは疎遠になってしまうのだろうか。


「カティアさん?どうした?」

「えっ、あ、いいえ、こちらこそよろしくお願いします!」


 いけない、ただでさえエドアルドには散々迷惑をかけていたのに、これ以上心配させてはいけない。


「エディさん、色々とありがとうございました」

「いいや、本当によかったな。実は俺はあまり心配してなかったんだが」

「エディ?どういう事だ?」


 怪訝そうな顔でクライスがエドアルドに尋ねると、エドアルドはクライスの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。頭を掴まれて下を向かされる形になったクライスからは見えないだろうけれど、エドアルドはひどく優しい顔をしている。


「おい、誤魔化すなっ」

「いやー、実は知ってたんだよな」

「は?」

「あ、あの、実はエディさんには早々に私の気持ちを知られてしまっていて…相談に乗っていただいてたんです」

「あら、旦那様そうだったのですね」

「あぁ、プリメーラのおかげで女性の恋心と芯の強さというものを少しはわかっていたからな」

「な…じゃあ全部知ってて…」


 クライスの顔が小屋で話していた時よりも赤い。照れているのに加えて怒りもあるようだった。その顔を見てエドアルドは声を出して笑い、プリメーラも手を口に当ててくすくすと嬉しそうに微笑んでいる。


「おま…」

「悪い悪い、嬉しいんだよ。お前が幸せを掴んでくれる事を俺とプリメーラはずっと望んでいたんだから」


 そんな事を言われてしまえばクライスもこれ以上強くは言えないようで、ぐっと言葉を喉の奥に戻してバツが悪そうに目を逸らした。


「はは、カティアさん、俺の弟分をよろしくな」

「は、はいっ」

「こいつの所為で困る事があればまたいつでも相談してくれ」

「カティアさんを困らせるような事はないから」


 そう言うクライスに後ろから肩を掴まれ、エドアルドと距離を取るようにそのままクライスの方に引かれた。


「あらあら」

「はぁ、お前のそんな姿が見れるなんて感慨深いな」

「その顔やめろ、プリメーラも!」


 プリメーラから聞いた昔話で三人がお互いに大切に思い合っている事は知っていたけれど、それを目の当たりにする事が出来て、私もその中に入れてもらえたような気がして嬉しい。


「みなさん、お食事の用意が出来ましたよ」


 呼ばれて見ると、テーブルの上が食べ物でいっぱいになっていた。いつの間にか準備に加わっていたオーウェンがお茶も淹れてくれている。


「おお、もらった時も思ったがすごい量だな…食べきれるか?」

「わたくしお腹ぺこぺこですから、きっと平気ですよ」

「姫様、淑女が食べすぎで動けなくなってはなりませんわ。でもとても美味しそうですね、わたくしも気をつけないと…」

「はい、これ取皿。村の食事は好きなものを自分で取る食べ方なんで」

「あらそうですのね」

「お嬢様、私が」

「わたくし自分で取りたいですわ、そういう文化なのでしょう?オーウェンも今日は気を抜いて好きなようにお食べなさいな」

「そうそう」

「ですが…」

「家長命令だ」

「……承知しました」

「…貴族って難儀だな」


 サリタニアとエドアルド、プリメーラにオーウェン、それにゲイルが一つのテーブルを囲んで食事を始めようとしている光景が何だか不思議で、でも以前からそうしていたような自然な空気もあって、ずっと眺めていたいと思った。


「カティアさん」

「あ、はい、私達も行きましょう」

「カティアさん、ゲイル君の事ですが」


 テーブルの方に聞こえないように、耳元でそっと優しく囁かれた。


「姫様やエディ達はもちろんですが、ゲイル君とも疎遠にならない方法がきっとありますから、我慢しないで言ってくださいね」

「…どうして」

「先程、エディへの返答に一瞬間がありましたから」

「…わかっちゃうんですね」


 この期に及んで覚悟が足りないと情けないと思った事をも、クライスは受け入れてくれる。それがどんなに私を安心させてくれるか伝わっているだろうか。


「ええ、もうカティアさんをあんな風には泣かせたくありませんから、ひとつも見逃しませんよ」

「ありがとうございます。…あの、私も見逃したくありません。でも私、クライスさんみたいに上手く出来るかわかりませんから、私にしてほしい事があったらきちんと言ってくださいね」


 この優しい人はきっと私の為にしなくていい悩みを抱えてしまうだろうからと、想いを告げる事を選ばなかった。でもそれは想いが通じ合っているとわかった今でも絶対に嫌だと思うから、そうならないように私が出来ることは全てしたい。


「では…」

「はい」

「明日は、久しぶりにカティアさんの料理が食べたいです」


 元々そのつもりだったけれど、改めて言われるとじんと胸が熱くなった。


「はい、もちろんです。明日はおかえりなさいのパーティーをする予定なのでご馳走作りますね!」


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