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53. 国境の村(サリタニアside)

「姫様、座り心地は問題ありませんか」

「ええ、もう少し速度を出しても問題ありませんよ」


 ミゲルさんの村で馬をお借りして朝早くに国境の村を目指して出発しました。わたくしの所為で出発が1日延びてしまったので可能ならば移動時間を短縮したいのです。村の皆様は早朝にも関わらずお見送りに出て来てくださりもう1日滞在してほしいと頼まれましたが、丁寧にお礼を述べてお断りいたしました。皆様とても親切で村で過ごすのは心地よく、わたくしも普段ならばもう1日、と思ったかもしれませんが、なによりわたくしは早く国境の村の視察を終えてカティアの元に帰りたいのです。


「承知しました。クライス、ついてこれるか?」

「おそらく。無理そうなら声をかける」


 森の道は馬では走りにくいらしく、慣れているエディはわたくしを前に乗せた状態でも軽快に走ってゆきますが、整備された道でしか馬を走らせた事のないクライスにとっては少し難しいようです。


「ごめんなさいクライス、無理のないようにしてくださいね」

「お気遣い感謝します」


 顔には出しませんが、クライスもきっと早くカティアの元に帰りたいと思っているのでしょう。


 ひたすらに馬を走らせ何度かの休憩と一度の夜営を経て、日が傾きかける頃わたくしたちは国境の村へと辿り着きました。


「旅の人かい?いらっしゃい!」


 馬を降りて村の入り口に立つと、早速村の人々が気付いて歓迎してくださいました。


「はじめまして。この辺りを見て回っているのですが、今晩こちらに泊まることは可能でしょうか?」

「ご丁寧にどうも。もちろん大歓迎だよ」


 よく焼けた肌のおじさまはミゲルさんの村と同様ににこにこと村の中へと案内してくださいます。わたくしたちはおじさまについて行き、村の中心であろう広場に着きました。広場には大きな屋根が建てられていてその下にたくさんのテーブルが設置されており、たくさんのランプが優しくテーブルを照らしています。その中では数名の方が楽しそうにグラスを傾けながら歓談していました。まるで城下町にあるレストランのような雰囲気です。


「村長ぉ、旅人さんが来たぞー!」


 テーブルでおばさまと話していた穏やかそうな男性が声かけに気付いたようで、一言二言おばさまに何かを告げてからこちらに歩いてきました。


「ようこそいらっしゃいました。国境の村の村長のマウリです」

「クライスと申します。こちらは兄のエディに妹のターニャです。社会勉強の為この辺りの森と村を回っています」

「それはそれはご立派な事です。よければ村の者に旅の話を聞かせてやってください。これからここで夕食が始まりますので、皆さんも召し上がっていってください」

「感謝します」


 中心の方のテーブルに案内され勧められるままに座って周りを見ていると、先程のおばさまを中心にたくさんのお料理を持った方々が集まってきました。


「この村では村の者全員で集まって夕食をとるのです。その日あった事を報告しあったり親交を深めたりします」

「良い習慣ですね」


 マウリさんの説明に頷きながら運ばれてくる料理を見ると、こちらもカティアの料理とは少し文化が違うようでした。どちらかと言うとミゲルさんの村の料理寄りですが、お魚が食卓にあがっています。この辺りは内陸ですから、川が近いのでしょう。


「はい、どうぞ!」


 お料理に続いて飲み物がわたくし達の前に運ばれてきました。ジュースでしょうか、夕焼け空のような色をした綺麗な飲み物です。喉が渇いていたので早く飲みたいと思いますが、クライスが口をつけるのを待たなくてはいけません。ミゲルさんの村ではクライスの判断で毒見をしませんでしたが、ここには信頼できる知り合いがいるわけではありません。ですがいちいち毒見をするという文化は平民にはありませんから、クライスが口につけたお料理や飲み物でしたらわたくしが口にして平気だろう、という打ち合わせをしています。


 クライスは出された木のカップを口に近づけて一瞬顔を顰め、何かを考えるように視線を外にずらしました。


「すみません、もしよければ酒ではない飲み物をいただけないでしょうか」

「おや、旅人さんお酒飲めないのかい?」

「ご覧の通り妹はまだ未成年ですし、私達もそんなに強くなくて…」

「街の人はお上品だねー!俺達なんてこの酒の為に1日頑張れるくらいなのに。酔っ払っても村人全員で面倒みてやるから一口飲んでみなよ」


 クライスもエディも決して弱くはないそうなのですが、わたくしの護衛に支障が出るといけないと、ミゲルさんが出してくださったお酒も断っていました。


「お客人、せめて最初の一杯はお付き合いいただけませんか?村の者は外の人と酒を交わすのが楽しみなのです」

「…ではもう少し弱めの酒をお願いできますか?これはだいぶ強い様ですので…それと、妹はどうかご容赦ください」


 そうクライスがマウリさんにお願いすると、マウリさんは困った顔をされました。カティアの宿でも客に勧められたお酒を断ったりミゲルさんのお酒も断ってきましたが、みなさんそれなら仕方ない、と快く受け入れてくださいました。もしかすると、ここではお酒を断るのはマナー違反なのでしょうか。こちらにも飲めない理由はあれど、ここで村の人達に無理を言って壁を作られてしまってはカティアを置いてここまで来た意味がありません。お酒はまだ飲んだことはありませんし、貴族の常識ですと初対面の人々に囲まれた状態で口にするのは勇気が要りますが、仕方ありません。


「クライス兄様、一口くらいならだいじょう…」

「マウリさん、その人達なら大丈夫だよ」


 意を決してお酒をいただく事を伝えようとすると、わたくし達の背後から声がかかりました。振り返ると覚えのある体格の良いおじさまと背の高い青年が立っていました。宿でカティアに相部屋を頼まれて、仲良くなられて一緒に旅立って行った、確か…


「アルフさんにロディさん」

「お、嬉しいね。覚えていてくれたか」

「こんな所でお会い出来るなんて嬉しいです」


 お二人のにこにことした笑顔に少し安心いたしました。


「アルフさん、お知り合いですか」

「あぁ、森の宿で働いていた人達だ。カティアさんのお眼鏡に適った人達だから信頼出来るだろう」

「ああ、あの例の森の入り口の…。わかりました、商人のみなさん口を揃えて褒めるのだからそのカティアさんという人は元よりこの方達も信用して良いのでしょうな」


 マウリさんは小さく溜息を吐いてそう言うと、離れた所にいたおばさまにお茶と果実水を持ってくるよう声をかけました。すごいです、マウリさんは宿にいらした事はないようですが、カティアの評判は人伝にここまで伝わっているのですね。


「私は先日初めてカティアさんの宿に行ったのですが、カティアさんの評判、すごいですね。でも納得です」

「ええ、私も嬉しくなってしまいました!」

「ほれマウリさん、これを見たら疑いなんて晴れるだろ」


 ロディさんとわたくしのやりとりを見ていたアルフさんに肘でつつかれたマウリさんは再度ふぅ、と息を吐いて姿勢を正してこちらを向きました。


「失礼しました。実は初対面の人には強い酒をお出ししてどのような人なのか、村に入れて良いのか見極めているのです。酒が入れば多少は本音が漏れますからね」

「それは…頑なに拒めば疑われても仕方ありませんね。こちらこそ失礼しました」

「いえ、酒が苦手な方がいるのも、悪意がない人には失礼だというのも重々承知しているのですが…」

「立地上仕方ないでしょう。我々は気にしていませんから」


 関所が置かれている街や国境の砦などには騎士が常駐していますが、ここには戦う力を持たない村民しかいません。彼らの生活を守る為の数少ない防衛手段に文句は言えません。事情を把握したクライスの言葉にマウリさんも安心したようで、少し肩の力を抜いて運ばれてきたお茶やお料理を勧めてくださいました。


「昔はこの村にも騎士が派遣されていたのですが、私が幼い頃に撤退してしまって。内容はわかりませんでしたが、大人達と騎士がよく言い合いをしていたのは覚えています」


 マウリさんが幼い頃というならば、この辺りが隣国のウィルダからファレス国の領土と変わった直後くらいの事でしょう。確か、国の干渉に抵抗してこの辺りの村々と諍いが起こったと記録がありました。


「騎士がいなくなって村の大人も落ち着いてきたのですが、今度は村にやってきた旅人が盗み等をするような問題が起きました」

「抑止欲がなくなったからですね」


 クライスがそう言うとマウリさんは顔を曇らせて俯きながら小さく溜息を吐きました。


「ええ。騎士がいない事で起きる問題を予測できるような村人はおりませんでした」

「再度騎士の派遣をお願いする事はしなかったのですか?」

「こちらが先に否定したのです。諍いの当事者であった当時の大人達は矜持も邪魔をして国に助けを求める事は出来なかったでしょう。王都も遠いですし、国に繋がる人脈もありません。我々の代になってわだかまりが薄くなっても、以前のように国に守ってもらえるようお願いする方法がわからないのです」


 わたくしは話を聞きながら胸が痛くてたまらなくなりました。抵抗される事を恐れ、彼らの主張を優先しているともっともそうな理由をつけて、わたくし達は国民を守るという責務を放棄していたのです。もっと早く話を聞けば良かったと、後悔の気持ちが押し寄せて来ます。


 ここでわたくしが王族である事を明かすのは悪手だというのはわかっていますが、何とか力にはなれないかと身を乗り出そうとすると机の下でクライスの手に止められました。


「だいぶお困りのようですね。そうだ、知り合いに城へ卸している商人がいますから、何かの折にそれとなく伝えておきますよ」

「なんと!それはありがたい事です」


 マウリさんは嬉しそうにクライスに深々と頭を下げて、わたくし達の前に次々とお料理を運ばせました。テーブルに乗り切れない程運ばれてきたお皿にはどれも美味しそうなお料理が乗っています。


「お詫びにもならないでしょうが、今夜はたくさん食べていってください。寝床も一番の部屋を用意しますので」


 マウリさんからも村の人々からも微かに感じた警戒心が解かれたようで、みなさん次々とわたくし達に話しかけてくれるようになりました。


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