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52-2. 昔話2(プリメーラside)

 クライスと戦友になってから約1年が経ちましたがわたくしは未だ心を震わす出会いはなく、クライスからも特に相談される事もなく、ですがわたくしからの友人としてのクライスへの信頼は高まってゆき、お茶会ではクライスの噂を打ち消す事に力を入れていましたらいつの間にか仲睦まじい未来の婚約者同士という認定をされておりました。


 この国では16歳まで婚約も結婚も出来ません。婚約者を探すタイミングは家によりますが、16歳前に婚約者候補を見つける家はその歳になるまで子供同士で親睦を深め、問題がなさそうなら16歳になったと同時に結婚へと進むのが常です。つまり、わたくし達の猶予はあと5年となります。


「…ごめんなさいクライス。わたくしとの噂は貴方の想い人に対してよろしくないものですわよね」

「だからそれはプリメーラの妄想だといつも言ってるでしょう」

「あのような顔をして誤魔化せるとお思い?あれは恋する顔ですわ」

「元よりこの顔ですから。それに」

「詮索はしない、ですわね…失礼いたしましたわ」


 わたくしからの信頼はこれ以上ない程ですが、残念ながらまだわたくしはクライスからは信頼されていないようです。


 少し前から城勤めが始まったクライスを見送り、わたくしもお勉強の時間が近づいてきたので家へと帰るのに馬車へと乗り込みました。


 あと5分程で着くかしらと思ったところでガタンと馬車が大きく揺れました。バランスを崩したわたくしをオーウェンが支えてくれたおかげで怪我はしませんでしたが、心なしか馬車が傾いているような気がいたします。


「何がありましたか?」

「申し訳ありません、石畳の隙間に車輪を取られてしまいました」


 オーウェンと一度外に出ると、御者の言った通り車輪が隙間に綺麗に挟まって割れてしまっておりました。


「これでは走れませんわね…」

「お嬢様、申し訳ありません。別の馬車を手配しますので少しお待ちいただけますか」

「いいえ、ここからなら歩けますわ。こんなところに馬車を停めていたら往来の邪魔になってしまいますから、あなたはこちらの処理を優先なさい。わたくしは先生がお見えになる時間に合わせて帰りますから」

「…かしこまりました。オーウェン、お嬢様を頼みましたよ」

「はい」


 馬車の所為でご迷惑をおかけしそうな周りの店やお家の方に謝罪をいたします。皆様とても良い方で御者の手伝いも申し出てくださいました。


「大丈夫ですか?俺も手伝いますよ」


 これなら家から応援を呼ぶ必要はないかしらと考えていると、頭の上から声が落ちてきました。見上げると、馬に乗った男性が声を掛けてくれたようでした。軽装備ですが、身につけている胸当てには見覚えがあります。おそらく城の騎士の方でしょう。


「うわ、これは見事に嵌ってますね」


 ひらりと馬から降りて早速馬車の方へと近づきあっという間に御者や手伝ってくださっている皆様と打ち解けてああでもないこうでもないと解決策を話し合っています。


「…お嬢様、もうそろそろお時間です」

「あら、もう?」


 家庭教師の先生がいらっしゃるまでに戻らなくてはと、話し合っている御者に伝えると屈んで車輪を見ていた先程の騎士様がこちらを見上げてきました。


「俺が馬で送りましょうか?あ、身分はこういう者ですので信用に足るかと思うのですが」


 そう言いながら差し出された懐中時計には優秀な騎士の家系でいらっしゃる家の紋が刻まれていました。


「まぁ、ルベライト家のご令息でしたか。ご挨拶が遅れて失礼いたしました。わたくしサフィーア家の末の娘、プリメーラと申します」

「これはご丁寧に。ルベライトの次男、エドアルドです。昨日遠征試験から帰還して、つい先程見習いから昇格したばかりではありますが王国騎士をしています」

「まぁ、それはおめでとうございます」


 わたくしより少し年上ですがそれでもまだお若いのに厳しいと言われる王国騎士の試験に通るだなんてご立派です。


「お嬢様、ルベライト家の方でしたら送っていただきましょう。その方が歩かれるよりも我々も安心です」


 御者もそう言うのでお言葉に甘えさせていただきましょう。エドアルド様も早速馬の鞍にハンカチを敷いてくださっています。


「オーウェンはどうしますか」

「ついていきます。街中であれば馬もそんなに早くは走れないでしょう」


 家まで歩くことは出来る距離ですが、ずっと走るとなるとそれなりの距離にはなります。訓練をしているとはいえまだ子供の体つきのオーウェンは大丈夫かしら。


「オーウェン、それなら馬車の馬を一頭連れて行って良いですよ。その代わりお嬢様を部屋までお送りしたら台車を手配してよこしてください」

「わかりました。助かります」

「わたくしも安心です。良かったわ、オーウェン」


 お兄様と一緒にポニーには乗った事がありますが、こんなに大きな軍馬に乗るのは初めてです。わたくしが背伸びをしても鞍には届かずどう乗ったら良いのかしらと悩んでいると、頭の上から笑い声が落ちてきてふわりと体が浮きました。


「プリメーラ様はまずはご自分で何でもなさろうとするのですね。お強い方だ」

「あ、ありがとうございます」


 エドアルド様はわたくしを軽く抱き上げて、ハンカチが敷かれた鞍に優しく座らせてくださいました。


「しっかり捕まっていてくださいね」


 わたくしが落ちないように支えながらエドアルド様も馬に乗り、わたくしは手綱を持つエドアルド様の腕の中に納まる形となりました。


「オーウェン君、屋敷までの先行をお願いできるかい」

「承知しました」

「お嬢様、お気をつけて」

「ええ。あなたも怪我などしないように。後程皆様にもサフィーア家から改めてお詫びをしますから、慌てて無理などしては駄目ですよ」

「かしこまりました」


 馬上から見る街の景色は馬車からのものとはまた違って見えました。道の先まで見渡せていつも見ている街が大きくのびのびと輝いているように見えるのです。馬に乗って街を行く方は男性が殆どですから少しだけ注目を浴びてしまいますが、この景色を見られるなら構わないと思える程素敵に思えます。


「街がいつもより素敵に見えます。草原などを走ったらもっと素晴らしいのでしょうね」

「プリメーラ様は良い感覚をお持ちですね。その通りです。怖くないようでしたら草原で速度を出して走らせると風になった様な気分になれますよ」

「まぁ、それは素敵ですわ!」


 少し話をしただけで家の門が見えて来ました。子供のわたくしでも歩ける距離ですから、ゆっくりとはいえ馬の足だとすぐに家に着いてしまいました。


「もう少し馬の話をしたかったですわ」

「俺もです。機会がありましたら是非」


 エドアルド様は乗せた時と同じく優しくわたくしを抱き上げて降ろしてくださいました。


「ありがとうございました。後日お礼に伺ってもご迷惑ではありませんか」

「迷惑ではないですがお礼をされる程の事ではありませんよ。国民を助けるのが我々の仕事ですから」

「ですが…馬車の方も気にかけていただきましたし」

「うーん…では」


 エドアルド様はわたくしの持っていたハンドバッグを指差しました。


「先程から良い香りがするそちらに入っているものを1枚いただけませんか?実は今日は遠征帰りの後始末やら任命式やらでバタバタしていて空腹なんです」


 ハンドバッグの中にはクライスからお土産にいただいたお茶の時間の余りのクッキーが入っていました。香りでクッキーだとおわかりになられたのかしら。


「お茶の時間の余りですが…よろしければ袋ごとどうぞ」

「良いのですか?これは豪勢だ、ありがとう」


 エドアルド様はクッキーの袋を受け取ると、早速開けてぱくりと一つ口に入れうまい、と少年のような満面の笑みを浮かべました。そのお顔を見た瞬間、わたくしの胸はぎゅう、と痛いくらいに跳ねてドキドキと脈打ち始めました。


「あ、あの、お腹がすいていらっしゃるのでしたら我が家でご一緒にお茶でも…」

「いえ、プリメーラ様はお勉強の時間だと伺いましたし、あまりに急すぎて屋敷の者達も困るでしょう」


 それはその通りですね。ですが、わたくしはエドアルド様とお会いするのがこれきりになってしまうのはどうしても嫌だったのです。この胸の高鳴りはおそらくわたくしが待ち望んでいたものなのですから。


「そこの方、我が家の娘に何か御用でしょうか」


 背後からかけられた声にわたくしは先程とは違う理由で胸が跳ねました。


「お母様」


 わたくしがエドアルド様に胸をときめかせていた事をお母様には決して悟られてはなりません。慎重に事を進めなくてはならないのです。小さく息を吐いて心を落ち着かせて振り返ると同時に、エドアルド様が一歩前に出ました。


「ご心配おかけして申し訳ありません。ルベライト家の次男、エドアルド・ロッソ・ルベライトと申します。御息女の乗っていた馬車が破損して動けなくなっていた所に通りかかり、貴家の御者殿に頼まれて送らせていただいた次第です」

「…そうでしたか。わたくしこそ失礼いたしました。我が家の者がご迷惑をおかけして申し訳ございません。お力添えいただき感謝申し上げますわ」


 お母様はエドアルド様のその言葉に厳しい表情を緩めました。わたくしが知らぬ男性に絡まれているかと思ったのでしょう。結婚のお話になると厳しいお母様ですが、結婚の事も含めてわたくし達家族の事を想ってくれている優しい方なのです。


「お母様こそこちらで何をされているのですか」

「何を言っているの、貴方の帰りが遅いから心配して出て来たのです。さぁ、先生がいらっしゃる前にお着替えなさい。裾が汚れていますよ」


 お母様の指摘通り、ドレスの裾は土埃で汚れていました。


「申し訳ありません、馬に乗った時に汚れてしまいましたか」

「お気になさらないでくださいな。この子はしょっちゅう汚してくるのです」

「お、お母様!」


 エドアルド様に恥ずかしいところをばらさないでくださいまし。


「はは、元気で何よりですね。では支度もあるようですし、私はこれで失礼します」

「後日お礼にお伺いしますわ」

「いえ、御息女にもお伝えしましたが、困っている国民を助けるのが騎士の勤めですので。それに美味しいお菓子もいただきましたから」


 そう言ってエドアルド様は颯爽と馬に乗り帰ってしまわれました。わたくしはまた会うにはどうしたら良いかしらと考えながらも、恋に現を抜かしてはいけないとお勉強にも一層力を入れました。


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