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52-1. 昔話1(プリメーラside)

「カティアさんのお料理は本当に美味しいですね。旦那様達が羨ましくなってしまいますわ」


 昼食前に辺りを散策して少し暑くなってしまった為、昼食はカティアさんお手製の冷製パスタでした。少し日光に当たってしまった事と、今朝のジャムのお話を覚えていてくれた為か、ジャムを使ったデザートも出してくれました。このような気遣いはとても嬉しいですね。


 食後にはゲイルさんは恋愛話は女性がするものだから、と遠慮されて外へと出てゆき、食後の紅茶を淹れてくれたカティアさんが席につきこちらを見つめてきます。昔はよくお茶会でお友達に旦那様とわたくしの結婚までのお話をせがまれましたが、最近は皆様ご存知の事となってしまったので久しぶりです。


「さて、まずはわたくしの家の事情からお話しますわね」


◇◇◇


 この国は本人達と家同士の同意があれば、家格が合わなくとも結婚が認められています。わたくしの両親もお互いが夜会で同時に一目惚れをし、情熱的なお付き合い期間を経て結婚しました。子爵家の三男だった父は、侯爵家の長女であり跡継ぎであった母の家に婿入りしました。はじめの数年は何事もなくお互いの気持ちも変わらずに仲睦まじく、兄と姉、わたくしと3人の子供にも恵まれました。ただ、わたくしを産んだ後に祖父が父に爵位を継がせた事で父は大変忙しくなり、なかなか母との時間を取ることが出来なくなりました。産後の安定しない精神の中、母もそれが堪えたようで限られた時間でしか会えない父につらく当たってしまい、そこから2人の気持ちはすれ違ってゆきました。


 両親はお互いを強く愛していたからこそ、仕事や家や子供の事で2人の時間が取れないという事実に耐えられなかったのでしょう。向き合う事に目を背け続けた結界、わたくしが物心つく頃には2人は仕事に没頭するようになっていました。家族で顔を合わせても仕事や勉学の報告など堅い話題しか出ません。父も母も自分では気付いてはいないでしょうが、わたくしには少しだけ寂しそうに見えました。


「プリメーラ、あなた子供のお茶会で特に仲良くしている男の子はいるのかしら?」

「仲良くしているお友達みなさん女性ですわ、お母様。ですがハルベリー家のご兄弟とマリアンヌのお兄様はよく話しかけてくださいます」

「そう、ならその二家は外さなくてはね」


 母は自分の二の舞いにならないようにと、娘の婚約は本人達の気持ちではなく家同志の繋がりを優先して決めると言っていました。後からお相手を好きになるのは構わないけれど、まずは家の女主人になるという事を自覚して嫁ぐべきだと。母のように落差で心を痛めないようにと。


 ですが、母がわたくし達の事を思ってそう言ってくれているのは理解しているのですが、わたくしはどうしても恋愛結婚に憧れてしまうのです。本に書いてあるような、わたくしの危機に現れて助けてくれたり、身分違いを乗り越えて想い合う2人にどうしても憧れてしまうのです。もちろんそんな事はなかなか現実ではありえないのだと頭の片隅ではわかっているのですが、憧れは捨てきれないまま10歳の誕生日を迎え、とうとうわたくしにも婚約者候補が現れました。


「はじめまして。クライスです」


 顔合わせの日、つまらなそうな顔をしてわたくしの前に現れた少年は、貴族の中で落ちこぼれだと噂されていた、魔法を使えない2つ年上の少年でした。


 大人達が席を立ち、部屋に残されたのはクライス様とわたくし、それにわたくしの護衛のオーウェンだけでした。クライス様はとても綺麗なお顔立ちをしていらっしゃいますが、その眉間には皺が寄せられ、誰にでもわかる程にこの場にいたくないという空気を放っておられます。


 クライス様は魔法が使えないという事に加えて、子供達だけで行われるお茶会にも顔を出したことがなく社交的でなく周りの人に対して冷たい方なのだとも噂されております。


(お母様ったら、わたくしが恋愛に憧れているのを知っているから、わたくしが好きにならないだろう人を選んだのね)


 母の思惑にも腹が立ちましたが、噂だけでクライス様の事をそう判断したことが何より許せませんでした。こうなれば意地でも恋愛結婚をしてやりましょうとわたくしは心を燃やしました。


「クライス様、わたくしは貴方様にお伝えしておかなければならない事がございます」

「なんでしょう」


 わたくしから強い口調で話しかけられると思っていなかった為か、クライス様は一瞬驚いた顔をして、背けていた顔をこちらへと向けてくれました。その姿を見て、彼は噂通りの人ではなく、冷たい人でもないのではないかと感じてわたくしは言葉を続けます。


「わたくし、恋愛結婚に憧れているのです」


 そう胸を張って言うと、クライス様は真面目にこちらに向けていた瞳を曇らせてまた眉間に先程より深い皺を寄せてしまいました。


「そうですか、では両親にこの婚約を進めないよう私から言いましょう」

「そうではございません」

「?」

「この婚約に反対する気持ちはございません」

「ですが私とは今日が初対面です…あぁ、顔ですか?」


 うんざりとした顔でそう言うクライス様に仲間意識のようなものがふわりとわたくしの中に生まれました。最近わかるようになったのですが、下心、というものでしょうか。わたくしにも見た目だけを目的に緩んだ表情で話しかけてくる男性がおります。彼らのような女性がクライス様の周りにもいるのでしょう。


「クライス様のお顔立ちはお綺麗だとは思いますがわたくしは興味がございません」

「…貴方の仰りたい事がいまいちわかりませんが」


 腕を組み背もたれに体を預けてクライス様は小さく息を吐きました。


「家同志で決められる婚約ですが、わたくしはクライス様と結婚をする際には、お互いを想い合った状態でいたいのですわ。ですから、これからはお互いを知れるように仲良くなれるよう過ごしたいのです」

「…それでお互いを知って逆に嫌いになったらどうするんですか」

「…それは考えておりませんでした」


 母を見返そうと先程思い立ったばかりですので深くは考えていませんでした。


「ですが、わたくしクライス様の事は今のところ嫌いではありませんわ!」

「私は魔法も使えない落ちこぼれですし、周りの人間は色々と煩く言ってきますし、それを無視し続けるような冷たい人間ですよ」

「魔法はクライス様の人柄とは無関係ですし、煩く言う周りがいけないのではなくて?恋というものはその人自身にするものなのでしょう?」


 お金も名誉も家柄も関係なく人を好きになってしまうのが恋というものだと物語に書いてありました。


「…それはそうですが…貴方、恋愛結婚に憧れていると言いながらまだ人を好きになった事がないでしょう」


 …痛いところを突いてきますわね。その通りです。お友達が笑顔が素敵だと蕩ける様な顔をして見つめる殿方も、とても紳士的で優しいのだと頬を染めて噂される殿方にもわたくしは心を掴まれないのです。


「…まだ10歳ですもの。それに、今まで心ときめく殿方に出会えなかったのはクライス様と出会う為だったのかもしれませんわ」

「申し訳ないですが私には貴方の願いは叶えられません」

「え…?」


 背もたれに預けていた体を正してクライス様はまっすぐとこちらを見てきます。


「私の顔に興味がないと言い、魔法は私の人柄とは関係ないと言ってくださった貴方は人として好ましく思います。ですから私も誠意をもって正直に答えます。貴方を妻として愛する事は今後ありえません。貴方の期待に応える事が出来ないので、やはりこの婚約は進めないようにしてもらいましょう」


 初対面の女性に対する言葉にしてはあまりにもはっきりとしすぎていて、わたくしは怒りとも悲しみともつかない感情に包まれました。わたくし、知らない間にクライス様にここまで拒否されるような事をしてしまったのかしら。


「あぁ、すみません、言葉が悪かったですね」


 青ざめていたのでしょう、わたくしの顔を見たクライス様ははっとして言葉を探すように視線を彷徨わせました。


「貴方だからではありません、私は誰であっても同じ返答をします。ですからプリメーラ様が気に病む必要はありません」

「クライス様…」


 何というお顔をしているのでしょうか。誰がこの方を冷たいなどと言ったのでしょう。誰かを想いながら話しているのでしょうそのお顔は優しさが溢れ、ですが少しの淋しさも伴って瞳が揺れています。


「…わかりましたわ」

「そうですか、では私から貴方のご両親にも」

「クライス様、貴方とわたくしは今日から戦友ですわ」

「は?」


 想い人がいるというのなら最初からそう仰ってくだされば良かったのに。ああでもこの婚約話を受けこの場に来たという事はご両親にも周りの人にも告げられない人なのかもしれないですね。


「わたくしはわたくしの愛を見つけます。そしてクライス様と想い人の方との恋を応援いたします。お互いの希望の方との結婚を目指して、今は婚約候補者という関係を続けながら密かに手助けし合いませんこと?」

「いえ、私は別に」

「一人では抱えきれない想いも、状況を理解している友人に話すことで心の整理が出来たり力になれることもございますわ」

「ですから」

「良いのです、今はまだわたくしへの信頼もそこまでないでしょう、詳しくは伺いません。ですがわたくしもクライス様に相談をしていただける友人になれるよう努力を惜しみませんわ」

「あの」

「ふふ、隠れ蓑の婚約だなんて、小説みたいで少しわくわくしてきますわね」

「…そこの護衛の君」


 クライス様は熱弁を振るうわたくしの後ろに視線をやりオーウェンを呼びました。


「発言を許す。プリメーラ様は本気で仰っているのか」

「左様でございます」


 クライス様はオーウェンの返答に盛大な溜息を吐きましたが、わたくしは何かおかしな事を申しましたでしょうか。


「問答を続けても話が拗れるだけですね。良いでしょう。今はプリメーラ様の提案を受け入れます」

「これからよろしくお願いいたしますわ。クライス様」

「クライスで良いです。プリメーラ様、一つだけ約束をしてもらえますか」

「わたくしもプリメーラで構いませんわ。何でしょう」

「ではプリメーラ、貴方の言う想い人とやらの詮索は決してしないでください」

「わかりましたわ。淑女として恥ずべき事はいたしません」


 なら安心です、と再び姿勢を緩くしたクライスは、だいぶ冷めてしまったお茶に口をつけました。一度も口をつけずに淹れ直せと命じる者も貴族の中にはおりますが、クライスはそのような人ではないようですね。戦友としてこのような価値観が同じというのは心強いです。


「あ、わたくしも一つお願いがございます」

「何でしょう」

「隠れ蓑とはいえ周りには婚約者候補として知られますでしょう?ですから、お茶会などのエスコートはお願いしたいのです」


 婚約者になるだろう男性がいるのに家族にエスコートをしてもらうのは流石にわたくしも周りの目が気になります。


「安心してください。婚約者としての一般的な義務は果たしますよ。まぁ、甘ったるい手紙のやりとりが義務だなどと言われたら困りますが」

「甘い手紙は婚約者の義務ではなく恋人の義務ですわ」

「やはり私にはプリメーラの恋人は務まりませんね。婚約者で良かったです」


 くくっと笑いを漏らしながら言うクライスにわたくしも可笑しくなってつられて声を出して笑ってしまいました。クライスの眉間からは皺がなくなり、部屋の中は友人とお茶を楽しむ緩やかな空気で包まれていました。


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