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51. プリメーラという人

「この宿は本当に綺麗にされていますわね」


 まずは掃除から、と2階に上がり仕事を始めると部屋を見渡しながらプリメーラが言った。


「ここに来るまでにいくつかの宿や砦の宿泊施設を使いましたが、どこも細かいところまでは掃除が行き届いておりませんでしたの。ひどいと咳が出てしまったりして…我が家や城のメイド達の優秀さを実感いたしました」

「それは大変でしたね。お客様が多いとなかなか人手も足りないのかもしれないですね」


 きっと街の宿などは私が想像するよりも沢山の人が泊まりに来るのだろう。


「それはカティアさんの口から出る言葉として適切ではありませんわ。だって貴方方は掃除も洗濯も料理も全てご自身で完璧にされているのですから。人より優れている部分はきちんと誇るべきです」

「そ、そうでしょうか…」

「ええ」


 にこりと自信に満ちた笑顔でそう答えられた。心地良く過ごしてもらえるようにと普段やっている事に対してそう言ってもらえると、少しくすぐったいが認められたようでとても嬉しい。


「あ、そういえばエディさんも拭き掃除は得意みたいなんですよ。剣の手入れをするようで楽しいそうです」

「まぁ、そうなのですね。屋敷ではそのような姿を見たことがないので帰ってこられるのが楽しみです」


 そ、そうだよね、最近違和感がなくなってしまってきていたけれど元々3人とも掃除や料理なんて縁遠い人達なのだ。妻であるプリメーラに楽しそうに話す話題ではないのかもしれない。


「す、すみません…エディさんに掃除なんかさせてしまって…」

「いいえ?姫様とクライスがそうすると決めたのでしょう?剣を手に戦う事も仕事なら、ここで姫様と生活する為に掃除をするのも立派なお仕事ですから」


 レティーツィアもだが、貴族の人達は思っていたよりも考え方が柔軟で懐が広い。3人が特別というわけではないようだ。プリメーラのその言葉に安心して、私はエドアルドの話を次々と話していった。


「この物干しですが、元々宿にあったものがエディさんは使いにくかったそうで、手作りしてくださったんです。最初はご自分の分だけのつもりだったそうなんですが、材料が余ったそうで各部屋の物も作ってくださったんですよ」

「ふふ、材料が余ったというのはきっと言い訳ですね。単純に楽しかったのですわ」

「あ、私もそう思ってました。余ったというには多いですから」

「カティアさん、旦那様の密かな楽しみを教えて差し上げましょう」


 そう言いながら物干しの前に屈んだプリメーラに釣られて私も身を屈める。


「ここ、ここ見てくださいまし。小さく記号が彫ってあるでしょう?」

「…あ、本当ですね」

「これは旦那様の作品である証なのです。旦那様は自分で作られた物に対して目立たないようにこのマークをこっそり入れるのを楽しみに作っているのですよ」

「職人さんみたいですね」

「でしょう?旦那様の可愛らしいところなんですの」


 頬を染めて少しだけいたずらっぽく微笑むプリメーラもとても可愛らしい。本当に仲の良い夫婦なんだなぁと思いながら昨日の事を思い出した。


「あ、だから花壇の前で喜んでいらっしゃったんですね。花壇の柵にもこのマークがあったんですか?」

「あら、恥ずかしいわ。見られていたのですね。ええ、最初は旦那様も姫様も姿が見えなかったものですから不安でしたが、あの柵を見て旦那様がここで心地良く暮らしていたのだと確信したのです。ここが気を許せる場所でなければ趣味など出来ませんからね。カティアさん達とこの宿のおかげですわ」

「エディさんが肩の力を抜いて暮らせていたなら私も嬉しいです」


 プリメーラは褒めるのが上手く、普段謙遜という逃げ道を選んでしまう私でも自然と受け入れる事が出来る。話していてとても心地が良いと、まだそんなに会話を重ねていなくても感じた。


 掃除を一通り終えて外に出ようとするとオーウェンから少し待つように言われた。一度部屋に戻ったオーウェンは、外套を片手に戻ってきた。


「ごめんなさいね。わたくし、日の光に当たると熱を出しやすくなってしまいますの」

「大変ですね…お顔を隠される為の外套かと思ってました」

「命に関わるものではないとお医者様にも言われましたし、慣れてしまえばどうということはありませんわ。少しだけ不便なだけです」


 これからする仕事は洗濯と庭の掃除なのでだいぶ外に出ている時間が長い。オーウェンに宿の周辺を案内する時には他に護衛をする人がいないからついて来てもらわないと仕方がないけれど、仕事の見学の時くらいは屋内にいた方が良いだろう。


「でしたら、私の仕事の見学は小屋の中からしていただくのはいかがでしょうか。エディさんの部屋からなら窓を開けていれば大きく声を出せば会話も出来ますし、この時間なら日差しは逆の方向を向いてますのであまり日光に当たらなくて済むはずです」


 本人がいない間に人を部屋に入れるのは良くないと思うが夫婦なら大丈夫だろう。貴族のルールで良くないならプリメーラが断るはずだと思い提案すると、プリメーラは一瞬躊躇う素振りをしながらも首を縦に振ってくれた。


 小屋の鍵を開け、2人をエドアルドの部屋へと案内して私は仕事に戻る。今日は晴れているし程よい風が吹いていて洗濯が捗りそうなので多めにリネンを洗うことにした。


「あれ、今日は大物だな。手伝うよ」


 お風呂の掃除と愛馬のテオの世話を終えてきたゲイルがこちらに気付いてくれた。


「花壇が先でいいよ。そっちが先に終わったら手伝ってくれたら嬉しい」

「いや、今日は水やりくらいだから後でいい。あれ、プリメーラさん達は?」

「小屋にいるよ。ほら、窓のとこ。プリメーラさんお日様の光で熱を出しちゃうんだって」

「そりゃ難儀だな。村の人間だったら生きていけないぞ」


 ゲイルは心から可哀想だという顔をして窓の方を見た。当のプリメーラはゲイルが振り返ってくれたと思ったのかにこにこと手を降ってくれている。


「…何か本人は全然平気そうだな」

「慣れちゃったって言ってたけど、きっとプリメーラさんの心が強いんだよ」


 私だったら周りの人と比べて悲観的になってしまうかもしれない。命に関わらないといったって、お日様の下に出られないなんて気持ちが暗くなってしまいそうだ。


 ゲイルのおかげで着々と洗濯物を干し終え、庭の掃除は水やりと一緒にゲイルがやってくれると言うのでオーウェンに宿の周りを案内する事にして小屋へ2人を迎えに行くと、プリメーラの頬が少し紅かった。


「どうされました?もしかして熱が出てしまいましたか?」

「あら…いいえ、そうではないの。カティアさん、聞いてくださいまし。旦那様のお部屋に入ったら、わたくしの小さな姿絵が机に飾ってありましたのよ」


 頬が紅かったのは照れかららしい。両手を頬に当てて嬉しそうに微笑む様は年上であろう女性には失礼かもしれないがとても可愛らしい。エドアルドも、プリメーラの話はリゾットの時しかしていなかったからあまりそのような印象はなかったのだが、プリメーラの事をとても大事にしているということがわかってこちらも嬉しくなってくる。


「お二人とも想い合っていてとても素敵なご夫婦ですね。プリメーラさんがエディさんに会いたくてここに来てしまうのもわかる気がします」


 こんなにお互いを想っている夫婦がもうずいぶん長い間会えていないのだ。恋しくなるに違いないとそう言うと、プリメーラはきょとんと目を大きくした。


「あら、わたくし正確には旦那様に会いに来たのではありませんよ。クライスに文書を渡しに来ましたの」

「え?」

「わたくし文官の仕事もしておりまして、サリタニア殿下の課題は詳細が秘匿されておりますからこちらの場所を知らされる者は限られております。なのでわたくしがお持ちしたのですわ」


 てっきりエドアルドに会いに来たのだと思い込んでいたが仕事だったようだ。胸に手を当ててそう言うプリメーラは先程までと違い女性らしい眼差しや仕草を感じず、まっすぐとこちらを見る瞳は鋭くなっている。だからこそ先程私に対しても仕事を誇れと言ってくれたのか。


「そうだったんですね。すみません、すっかりエディさんに会いに来られたのだと勘違いしていました」

「お気になさらないで、普通はそう思いますわ」

「でも大変ですね、日の光が体に合わないのにこんな所まで来なくてはいけないなんて」

「…その、本来はオーウェンだけだったのですが」


 先程までの立派な振る舞いが崩れてプリメーラの目が泳いだ。胸に当てていた手は再び頬に戻っている。


「オーウェンだけ旦那様にお会いするのが羨ましくて、こっそり後をつけたのです。王都の次の街で早々に見つかってしまいましたが」

「あの時は流石に肝が冷えました」

「でも、感情に任せて飛び出して来たわけではありませんのよ?きちんと陛下の許可も得て、仕事に差し支えないよう引き継ぎや権利移譲もしてきましたわ」

「そこまでするなら護衛をつけて来てください」

「言いましたでしょう、この場所を知らされる者は限られていると」


 静かに後ろに控えていたオーウェンが少しだけ眉間に皺を寄せて会話に参加してきた。女神様のような見た目の貴族のご令嬢は見た目にそぐわない行動力を持っているようだ。


「ふ、ふふ、すみません、何だかおかしくて…」


 見た目と行動の乖離がおかしく思えてしまい思わず笑いが漏れてしまった。


「お気になさらないで。よく言われるんですの、予想と違う行動をすると」

「そうですね、でもエディさんの為にそのような行動をされるのはとても素敵です」

「旦那様とのご結婚に至るまでも大変でしたからね…」

「まぁオーウェン、珍しく饒舌ではありせんか。なんです、カティアさんに聞いていただいて己の不遇に対して同情してもらいたいとでも思っているのですか?」


 先程から食い気味に会話に参加してきているオーウェンは相変わらず表情は然程動かさないままにプリメーラの視線から逃れるように目と口を閉じた。


「ご結婚、大変だったんですか?」


 オーウェンの期待に応えるわけではないが、私は以前エドアルドから聞いた事を思い出してプリメーラに尋ねた。私がクライスへの気持ちに気付いて混乱していた時に、気持ちを抑える事は出来ないけれど隠す事は出来ると嫁が言っていた、とエドアルドは言った。純粋にどのような場面でそうなったのか気になるという事もあるが、もし、もしもだけれど、ゲイルが言うようにサリタニアが私を城に呼んでくれて、私もその気になって城で働くような事になった時に失敗しないように、参考になるのなら聞いておきたかった。


「主にわたくしの家の事情が厄介だったのです。興味がおありかしら?」

「えっと…もし、聞いても良いお話でしたら」

「ふふ、構いませんわ。では少し長くなりますから、カティアさんがお時間取れる時にお茶でも淹れながらお話しましょう」


 プリメーラは少しも嫌な顔などせずに、にこりと微笑んでそう言ってくれ、昼食後に話を聞くことになった。


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