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48. 不思議な客

 もうそろそろサリタニア達の旅も折り返しになる頃だろうかと思われる頃、庭でリネンを干していると一組のお客様がやってきた。まだお昼前なのに珍しいなと思いながら、馬をひいていたので厩舎に案内する。旅の人なのか2人ともフードを被っていてあまりはっきり顔が見えない事に少しだけ不安を覚えながら続けて受付カウンターへと案内した。


「お二人は同室でよろしいですか?」

「あぁ、それで頼む」


 そう答えた男性はフードを脱いでくれた。もう一人はフードを被ったままきょろきょろと宿の中を見ている。少しだけ変わった人達だが、悪い人ではなさそうだ。


「まだ早い時間ですがこの辺りの散策でもされますか?」

「ああそうか…ではこの宿の敷地を見て回っても?」

「え?あ、はい、従業員が寝泊まりに使っている小屋以外でしたらお好きに見ていただいて構いませんが…」


 お客様にそんな事を言われるのは初めてだ。サリタニア達の私物は全て小屋にあるし、今は使っていないから鍵をかけている。他は見られて困るものもないはずなので許可を出すと、では、と言ってもう一人と一緒に外に出ていってしまった。


「お戻りの際はお声をかけてくださいね!部屋にご案内しますので」


 去りゆく背中に声をかけると、振り返って会釈をされた。うん、何だか不思議な人達だけどきっと悪い人ではないはず。


「なんか変な客だな」


 2階にいたゲイルが降りてきて窓の外にいる2人を見ながらそう呟いた。


「うん、でも悪い人じゃなさそうかな」

「ならいいけど」

「一応、私もミゲルさん程じゃないけど人を見る目はあるつもりなんだけどなぁ」

「じいちゃんが言ってたぞ。悪人はまず笑顔で近づいてくるって」

「う…」


 でもそれを言うなら、先程のお客様はぱっと見は怪しいから逆に悪い人ではないんじゃないだろうか。そう思いながら窓の方を見ると、2人は花壇の前で何やら話している。顔を見れなかった方の人は花壇を指さしながら少しだけはしゃいでいるようだった。体格とその仕草から女性なのだとわかる。


「まぁとにかく一人の時に何かあったらすぐ呼べよ。俺裏で薪割ってるから」

「うん、ありがとう」


 2人が戻るまで宿の中にいた方が良いだろうと1階で帳簿をつけていると、太陽が一番高くなる頃に戻ってきた。


「おかえりなさいませ。ではお部屋にご案内しますね」

「すまない、その前に水をもらえるだろうか」

「承知しました、少しお待ち下さい」


 キッチンでコップに水を淹れて受付カウンターへと戻りトレーを差し出すと、まず受付をした男性が2つとも一口ずつ飲み、そのうち1つを女性へと渡した。


(あれ…これって毒見かな…)


 女性は毒見が必要な立場の人なのだろうか。そういえば、フード付きの外套はサリタニア達が着ていた外套と同じような上等な布で出来ている。


「ありがとう、助かりました」


 フードを被ったままではあるが、女性がゆったりと落ち着いた話し方でそう言った。この、宿や村では耳にしない話し方はよく知っている。サリタニアと同じ、貴族の女性の話し方だ。フードを深く被ってこんな所に男性と2人で来るなんて、お忍びとか駆け落ちとかそういった類の旅なのだろうか。


(…いけないいけない!お客様の事情には踏み込まない!)


 接客業の基本である。どんなお客様でも悪い人ではない限り詮索せずきちんと平等におもてなしをするべし。


 2階へと上がり部屋の扉を開けて鍵を男性に渡す。中へと2人が入る際にくぅ、と小さな可愛らしい音が聞こえた。


「あら、いやだお恥ずかしい…」


 女性が両手を頬に当てて小さな声で呟いた。こんな時間だ、お腹もすくだろう。


「よろしければ別料金になりますが昼食をお持ちしましょうか?」

「…では軽めのものを頼めるか?」

「承知しました。では少しお時間いただきますね」


 1階に降りてキッチンに入るとゲイルが薪割りを終えて水を飲んでいた。


「大丈夫そうか?」

「うん。ただ、貴族の方かも」

「…またか」


 げんなりとした顔で言うゲイルに、でもこちらが入っていって良い話じゃないし、いつも通りの接客で問題ないだろうとフォローを入れた。


「昼食も頼まれたから部屋で食べれるようなものにする予定だけどゲイルもそれでいい?」

「ああ、何でも美味いからいいよ」


 部屋には小さなテーブルしかないのでいくつもお皿を置けない。明日の朝食と被らないようにサンドイッチは避けたい。さてどうしたものかと考えて、そういえば甘い穀物を粉末にしたものを村からお土産でもらったなと思い出し、それを溶かして薄く焼きお肉とソースを入れて巻いてみた。野菜も一緒に巻くと結局形の違うサンドイッチになってしまうので野菜は一口大に切って短い串に数個ずつ刺した。ゲイルは足りないかなと思ってお肉だけ串に刺して焼いたものも用意する。


「お、うまそう」

「へへー、私達用には例のスパイスを使ったソースも作ってみました」

「…初?」

「うん」


 合うか合わないかは食べてみないとわからない昼食にゲイルが不安そうな顔をしたが普通のソースもあるので問題ない。


「じゃあ持っていくね。良かったら先食べてて」

「いや、待ってるよ。茶でも淹れとく」

「ありがとう」


 バスケットに料理と水瓶を入れて2階に上がり宿泊部屋の扉をノックすると男性が顔を出した。外套は既に外していて、軽装ではあるがやはり上等な服を身に着けている。


「昼食をお持ちしました」

「すまない」

「夕食は1階で食堂式になっていますので、日が落ちる頃においでくださいね」

「承知した、世話になる」


 バスケットを受け取る際にカチャリという音が聞こえてそちらの方に目をやると、腰には立派な剣を携えていた。護身用のナイフを身に着けている人はよく見るが、こんな立派な剣はエドアルドのものしか見たことがない。少しだけ不安を感じたが、僅かながら表情を緩めて挨拶してくれたのできっと大丈夫だと思う。たぶん。


 1階に降りてゲイルと昼食をとり、午後は平穏に過ごしていると夕方には数組のお客様がやってきた。いつも通りに夕食の仕込みも済ませ、10人程が1階に集まり穏やかな賑わいの中食事の時間が始まった。


 一通り第一弾のオーダーに対応出来たかなと一息ついたと同時に、ガシャンと大きな音が聞こえた。驚いてキッチンから出て行くとお客様同士で喧嘩が始まっていた。1人が相手の胸ぐらを掴んで今にも殴りかかろうとするのを周りの人達が必死に止めている。


「な、何があったんですか!?」

「こいつ!こいつが俺の顧客を横取りしたんだ!」

「横取りなんて失礼だな!俺は何も違法な事はしていない!お前が客を繋ぎ止められなかっただけだろ!」

「何だと!?」


 どうやら因縁のあった商人同士がここで再会してしまったらしい。どうしたものかと困りながら周りを見ると、足元に先程出した料理が落ちてぐちゃぐちゃになっているのが目に入った。悲しいのか悔しいのか、何とも言えない気持ちが胸にせり上がってくる。


「あの…」

「大体お前のとこの商品は安いが粗悪品なんだよ!自分の不甲斐なさを俺にぶつけないで欲しいものだな!」

「あの、このまま続けられるようなら厩舎で寝てもらいますよ!?」

「あ、おいバカ!」

「カティアちゃん!」


 周りの人達が抑えてくれているからと油断した私が悪かった。相手の言葉にカチンときた商人が抑える手を振り切って相手に思い切り殴りかかろうとしたタイミングで私が一歩前に出てしまったのだ。ゲイルの私を止める声と常連客の私を呼ぶ声が聞こえると同時にドンッと体に衝撃が走って床に横に倒れた。


「いっ…てぇっ!!」


 痛みに悲鳴をあげたのは私ではなく殴りかかろうとした商人だった。私はというと、咄嗟に庇おうとしてくれたのかゲイルに覆い被さられた形で床に倒れたらしい。床にぶつけた腰が少しだけ痛かったがそれだけだ。


「失礼、差し出がましいかと思ったが、女性が怪我をするのは見ていられなかったもので」


 その声に顔を上げると、腰に剣を下げたフードを被った男性が殴ろうとしていた商人の腕を捻り上げていた。


「あ、ありがとうございます…」


 展開について行けずにひとまずお礼だけ伝えると、横からハンカチが差し出された。フードを被った女性だった。


「お二人ともお怪我はありませんか?」

「は、はい」

「…あぁ」

「でしたらお着替えをしてらしてくださいな。ここはオーウェンが鎮めますから」


 倒れた時に床に落ちた料理に突っ込んだようで、ゲイルも私も服に染みが出来ていた。いけない、早く落とさないと服が駄目になる。


「じゃあお言葉に甘えて…ゲイル、着替えを持って小屋に行こう」

「あぁ」


 立ち上がりお礼を言うと、女性がこちらを見上げた事でフードの中の顔がしっかりと見えた。澄んだ水のような瞳をしたとても綺麗な顔立ちで優しく微笑まれて、先程まで胸の中にあったもやもやとした気持ちが少しだけ晴れていった。


 小屋に入り、まずはキッチンでお湯を沸かす。ゲイルには空き部屋を案内して私は自室で着替え、沸いたお湯で汚れた服の染み抜きをした。対処が早く出来たおかげで何とか目立たないくらいには汚れが落とせてほっと安心した。


「…悪かったな」

「何が?」

「あの人が止めてくれるなら俺が庇う必要なかっただろ。そしたら料理に突っ込む事もなかった」

「そんな事言わないでよ。元はと言えば私が考えなしに前に出たのが悪かったんだから」

「珍しくキレてたな」

「…お料理が床に落ちてるの見て悲しくなっちゃった」

「あぁ、俺も嫌な気持ちになった」

「へへ、ゲイルにそう言ってもらえると少し気が晴れる。庇ってくれてありがとうね。ゲイルも怪我しなくて良かった」


 小屋から宿へと戻ると、ざっと片付けられた床に喧嘩をしていた2人が座らされていた。


『大変ご迷惑をおかけいたしました、申し訳ありません…』


 2人声を揃えて謝られた。顔をみる限りだいぶ反省しているようだ。カッとなっしまっただけで元々商人らしくきちんとしている人達なのだろう。


「連れが申し訳ないことをした。俺達からも詫びをさせてくれ」


 当事者の仲間の商人達からも謝られた。


「反省していただければ…あと、私だけじゃなくて他のお客様にも謝っていただければ…」


 他のお客様だって楽しい食事の時間を邪魔されたのだ。


「本当に申し訳ない…」


 先程オーウェンに捻り上げられた腕を抑えながら更に頭を下げてきた商人に、私は気合を入れる為に小さく息を吐いて口を開いた。


「私は商人の方の事情には口を挟めませんから、何も言えません。でもお料理が床に落ちていたのを見た時はとても悲しくて悔しい気持ちになりました。私にとってのお料理やこの宿は商人の方にとっての商品と同じようなものです」


 そこまで言うと商人ははっとした顔になって更に顔色を青くした。


「商売敵だったとしても、相手の商品を悪く言ったら、ぞんざいに扱ったら、相手がどう思うか、自分が言われた時の事を考えたらわかるはずですよね」


 殴られそうになった方の商人も更に申し訳なさそうな顔をして俯いていた。


「うちだけじゃありません。今後、どこにいてもそれを忘れないようにしてもらえれば、私はそれで良いと思います」


 今回はオーウェンがいてくれた事で怪我人も出なかった。もやもやとした気持ちは感じてしまったけれど、それで2人やその仲間の人が今後商人としてやりにくくなるような事にはなってほしくない。その為には一度スッキリとさせておく必要があるので、仕方なく文句も含めて説教じみた事を言うと、周りからパチパチと拍手が起こった。どうやら常連の人達がしているらしい。


「カティアちゃんさすがだな。詫びに商品全部置いてけー!みたいにも言える状況なのに」

「そんな事言いません。さ、これで終わりにしましょう。床だけぱっと拭いちゃいますね、そしたら夕食の続きにしましょう」


 駄目になってしまった料理は仕方なくても、冷めてしまった料理は何とか出来ないかとテーブルを見回すと、あの、と喧嘩をしていた商人の一人が革袋を差し出してきた。


「これで、皆さんの料理を作り直してもらえませんか」


 革袋の中を見ると、決して多くない量のお金が入っていた。全員分の食事代を払えなくはないが、これはきっとこの人が必死に溜めてきたもので、これから大事に使われなくてはいけないお金だ。


「では、これだけいただきます」


 私が革袋から2枚だけ小さい銅貨を取り出し袋を返そうとすると、商人は困惑した顔になる。


「駄目になってしまったお料理の分です。皆さん、まだ食べれる料理については一度下げて、もう一度温かくしてお出ししますからそれを食べていただけますか?」

「もちろん!カティアちゃんの料理なら冷めたままでもいいぜ?」

「一騒動あって余計腹減ったから追加で頼んでもいいかい?」


 冷めてしまっただけで捨てるのは私が許せそうにない。ものの価値に理解のある商人なら快く頷いてくれるだろうと思って提案したが、そうだ、貴族の人達がいた。どんな反応だろうかとそちらを見ると、オーウェンは無表情で、女性はフードを深く被ったままだったが2人とも頷いてくれた。


「では私の財布も合わせて、2人で皆さんに酒を奢らせてください」


 もう一人の商人も前に出て来て革袋を渡してくる。私はそれを受け取り周りを見回した。みんな柔らかい顔で頷いている。これで綺麗に終わりにしようとここにいるみんなが思ってくれているようだ。調子の良い常連の商人なんて指笛を鳴らして喜んでいる。私は2つの革袋から数枚銅貨を取り出して2人に返した。


「では用意してきますね」


 キッチンへと戻ろうとするとオーウェンが来て小声で話しかけてきた。


「すまない、彼らの詫びはありがたく受け取るが我々の分はお茶でお願いできるだろうか」


 そうだ、貴族と平民ではお酒の飲み方が違うんだった。


「わかりました。ではハーブティーをお持ちしますね」 


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