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47-2. 村の人々2(サリタニアside)

「おっカイル!」


 家々が集まっている所から少し離れると、青々と茂った広い畑に出ました。クライスに尋ねるとどうやら小麦畑のようです。畑の中からお父様くらいのお年のおじさまがカイルさんを呼び止めます。


「…と悪い、お客さんの案内中だったか」

「おっちゃんに用事があるんだよ。昨日の料理のお礼を言いたいんだって」

「おお、そりゃご丁寧にどうも」


 おじさまは被っていた帽子を一度上げてにこにこと優しそうな笑顔を向けてくださいました。


「おっちゃんは村で一番パンを作るのがうまいんだ。昨日のパイ包みを作ったのもおっちゃんだよ」

「ああ!あの甘いやつか。あれは美味かった」


 思わずエディが反応します。本当に甘いものが好きですね。


「おぉ、嬉しいねぇ。中身を作ったのは嫁さんだが。そうだ、お兄さん街の人だろ?お兄さんのお口に合うって事は貴族のお嬢様にも食べさせられるものかな?」

「貴族ですか?」

「いやなぁ、ウチの息子が嫁さんになる人を今度連れてくるんだが、それが男爵様の娘さんらしくて、どうおもてなししようか未だに悩んでいてなぁ…あ、そうそうカイル、多分今日明日あたりに着くと思うからミゲルさんに伝えておいてくれ」

「わかった」


 まさかここで貴族のご令嬢に鉢合わせする可能性が出てくるとは思いませんでした。男爵位のご令嬢でしたらわたくしと直接会った事のある可能性は低いですが、城で働いている方もおりますし顔は知られているかもしれません。クライスとエディは知り合いの可能性もありますね。やはり今日出発した方が良いでしょうか…。ですがまずはおじさまの相談からですね。ここは結婚されているエディに任せた方が良いでしょうか。ちらりとエディの顔を見ると目が合い、わたくしの考えている事が伝わったのか小さく頷いて今度はおじさまの方を見ました。


「昨夜の料理はどれも馴染みがなかったですが、息子さんが幼い頃から食べてきた料理を出されたら嬉しいと思いますよ。味もとても美味かったですから」

「なるほど」

「きっとお嫁さんの方が緊張されているでしょうし、俺たちも皆さんの気さくな雰囲気に力を抜いてのんびりとさせてもらってますから、あまり気負わずにいるのが一番だと思います」

「そ、そうか。そうだよな。一番緊張してるのはお嫁さんだよな。ありがとう、自信がついたよ」


 エディの言葉に安心したおじさまに改めてお祝いの言葉とお礼を伝えて、わたくし達は畑を後にしました。


「これで昨夜料理を持ってきてくれた人達は回ったよ。あとはどうする?」

「皆さんが良く行く所を見てみたいです」

「良く行く所?うーん、畑と森と、みんなの家行ったり来たりするくらいだしなぁ…あ、そうだ」


 何かを思いついたようにパンっと手を合わせてカイルさんはこちらを振り返りました。


「父さんと母さんに会っていってよ。カティア姉ちゃんの友達って言ったらきっと喜ぶから」


 カイルさんのご両親…話が出ない事に気になってはおりましたが、おそらく神の御元に行ってしまわれた方々なのでしょう。そう思いながら案内された先は予想とは少し違ったものでした。


「これは…」


 クライスとエディも息を呑んでいます。カイルさんの案内で辿り着いた場所は予想した通りお墓だったのですが、その規模は想像よりも立派なものでした。数多くのお墓の中心には大きな石が置かれ、そこには何やら文字がびっしりと書かれています。その周りには綺麗な花壇が整えられていて、石が噴水でもあれば館の庭園と言っても遜色ない程色とりどりの花に囲まれていました。


「これが俺たちの父さんと母さん」


 カイルさんはそう言いながら石の一部を指さしました。近づいて見ると、石に刻まれていたのは名前と年代、それから死者の心の安寧を願う祈りの言葉が書かれておりました。


「…お父様とお母様の亡くなられた年に多くの方が亡くなられているようですが…」


 クライスが声色を固くしてカイルさんに訊くと、カイルさんはうん、と小さく頷きました。


「流行病があったんだ。俺は小さかったからあまり覚えてないけど、村の半分近くの人が死んだんだって。他の村も同じような事になってたって」

「そんなに大勢の方が…」


 そんな大事になっていたのに、わたくしが見た資料には記録がありませんでした。クライスも驚いているようですので、おそらく報告自体が上がってきていないのでしょう。


「この辺りの村には医者もいなかったのですか?」

「うん、薬草に詳しい人はいるけど、流行病があった時は今みたいに商人の人達の行き来も多くなくて、薬も手に入らなかったらしい」


 トマスさんがここ十数年で往来が増えたと言っていたのはこれが原因だったのですね。きっと外界と遮られないように、外から来る人々が増えるように努力されたのでしょう。


「…カイルさん、お父様とお母様のお墓はどちらですか?」

「ん、こっち」


 少しだけカイルさんの元気がないように感じます。おそらくわたくしと同じくらいの年齢でしょう、幼い頃にご両親を亡くしてしまえばその淋しさは何にも埋められない事でしょう。


 案内されたお墓の前に膝をつき、手を組んで目を瞑ります。


(はじめまして、サリタニアと申します。ファレス国の王女です。わたくしが幼かった頃の事とはいえ、国の力を正しく使えていなかった事でお辛い思いをさせてしまい申し訳ありません。病で苦しい中、ゲイルさんとカイルさんを残して旅立たれた事は大変悔しかったのではないかと存じます)


 両側からわたくしを挟むように膝をつく気配を感じました。クライスとエディも手を合わせているのでしょう。2人も国の責任を感じているのだと思います。


(これからこの村や周りの村の人々がこのような悲惨な思いをしないように力を尽くしますので、どうか安らかにお休みください)


 目を開けて立ち上がり、裾の土を軽く払うとカイルさんがありがとな、とやはり少し元気のない声で言いました。


 クライスとエディも立ち上がり、一通り村を見て回ったので一度家に帰ることになりました。お土産もたくさんありますし、情けない話ですがお墓に向かう辺りから少しだけ足が痛くなってきたので助かります。


「ターニャ、足痛いんだろ」


 来た道を戻るのに足の向きを変える時にマメの痛い部分をあててしまい少しだけよろけてしまいました。誤魔化したつもりですがやはりエディにはわかってしまうのですね。


「少しだけ。でもあとは帰るだけですから平気ですよ」

「だめだ」


 そう言ってエディはわたくしの背中と膝に腕を添えそのまま抱き上げてくれました。


「カティアさんの所に早く帰りたいんだろう?無理したら更にもう一泊になるぞ」

「はい…」

「ははっエディさんはカホゴってやつだな!」


 己の情けなさに落ち込みますが、カイルさんが笑ってくださったので良しとしましょう。抱き抱えられたまま家々の方へと戻っていくと、わたくしの様子に心配して声をかけてくださる方々に囲まれてしまいました。


「大丈夫かい?ミゲルさんは村で一番薬草に詳しいから薬を作ってもらうといいよ」

「ありがとうございます。そんなにひどくはないのですよ。エディ兄様が心配しすぎなだけなんです」

「いーや、傷は悪化したら大変な事になるからな、ちゃんと治さなきゃだめだ」


 まるで家族のように心配してくださる人々に胸が温かくなりますね。


「ターニャちゃん、これ良かったら使って」


 アイラさんが藁で編んだ部屋履きを持ってきてくださいました。厚みがあってクッションのようになっています。


「中に綿を入れてるから、前に釘踏んじゃった時にこれ履いてたら楽だったんだ」

「まぁ、ありがとうございます。お借りしますね」


 部屋履きを受け取ると、アイラさんはこちらをじっと見つめてきました。


「…?」

「ターニャちゃん、お姫様みたいね」

「!」


 何と言うことでしょう、何をきっかけに見抜かれてしまったのでしょう。突然の事に何と返したら良いかわからず思わずクライスとエディの顔を見ると、エディはぷっと笑って一度わたくしを降ろしました。心の中でおろおろとしているのを悟られないように笑顔を作ってクライスの隣に立つと、エディは背負っていた籠を置いてアイラさんの側に立ち、顔の高さを合わせるように屈みました。


「アイラ嬢、失礼するよ」

「わっ」


 そう言ってアイラさんをわたくしと同じように抱き上げてくるくると回ります。アイラさんはきゃあ、と小さく声を上げましたがすぐに笑顔になって楽しそうな声をあげています。


「わぁ、すごいすごい、お姫様になったみたい!」


 わたくしの身分を見抜かれてしまったわけではないのですね。ほっとして2人を見ているとクライスの立っている方とは逆側の服の裾を引っ張られました。何でしょうとそちらを見ると、わたくしの腰くらいの背の高さの男の子が服を掴んだままこちらを見上げています。


「ぼくもたかいたかいしてほしい…」


 アイラさんを見て羨ましくなってしまったようですね。エディも気付いていたようで、おいで、と男の子に声を掛けました。わたくしも男の子の背中を軽く押していってらっしゃいと声を掛けると彼は元気良くエディの元へと走ってゆきました。


 アイラさんを一度降ろして今度は男の子を両手で高く持ち上げてくるくると回ります。男の子の楽しそうな笑い声に自然と村中から子供達が集まってきてあっという間にエディは囲まれてしまいました。


「ふふ、しばらく帰れそうにありませんね」

「足は大丈夫ですか?」

「歩かなければ平気です。クライス兄様も行ってきたらどうですか?」


 そう提案すると、クライスは予想通り素敵な笑顔をしてこちらを見返してきました。目が笑っておらず少し怖いですが本当にクライスが怒っている時はこのような顔はしないとわかっているのでわたくしには効きません。


「子供は苦手だと知っているでしょう」

「あら、私の面倒は見てくれていたではないですか」

「ターニャは利発な子供でしたからね」

「ふふ、褒められてしまいました」


 くすくすと笑い返すと、クライスはバツの悪そうな顔で溜息を吐きました。 


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