46. 村の夜(サリタニアside)
「この2部屋使ってよ。何かあったら遠慮なく呼んでくれよな」
お食事を終え、カイルさんに寝室を案内されました。お食事をとった部屋の奥に細長い廊下があり、そこに向かい合わせに2つ扉があります。ミゲルさん達はお食事をした部屋に隣接したお部屋を寝室としているそうですので、きっと来客用に気を遣われた造りになっているのですね。
「ありがとう、カイルさん。おやすみなさい」
「うん、おやすみ!」
カイルさんはそう言って足早に部屋へと戻っていきました。宿でお会いした時は初対面で緊張されていたのか少しぎこちないようでしたが、こちらの村では自然体でお話ししてくれます。ゲイルさんはどちらかというと物静かな雰囲気ですが、カイルさんは元気いっぱいで、一緒にいるとこちらも思わず楽しい気持ちになってしまいますね。
「さて、では私とエディで途中で部屋を交換としましょう」
「ああ、先に休んで良いぞ」
「ではお言葉に甘えて」
そう言葉を交わすとエディは左側の扉を開けて先に入り、部屋の点検をします。問題はないようで、どうぞ、と声をかけられわたくしもクライスに挨拶をして部屋に入りました。
低いベッドと小さなテーブルが置いてあるだけの質素なお部屋ですが、綺麗に掃除されていて、落ち着いて休めそうです。
「ふぅ…」
ベッドに腰掛けブーツを脱ごうとして、足の先に痛みを覚えました。
「っ…」
「どうしましたか?」
荷物を確認していたエディがすぐに気付いてこちらに駆け寄ってきました。
「足が少し痛いです。先程までは何ともなかったのですが…」
「失礼しますね」
そう言うとエディはわたくしのブーツを脱がせて足を診てくれました。たくさん歩いたので足全体もじんじんとしています。
「マメが潰れておりますね。お湯をもらってきますので少しお待ち下さい」
「あまりお二人にご迷惑をおかけしては駄目ですよ」
「では水を。患部を洗う必要がありますので、これ以上は妥協できません」
「わかりました。ではお願いしますね」
エディは荷物の中から水を入れられる革袋を出して部屋を出てゆき、入れ替わるようにクライスが入ってきます。
「マメが潰れてしまったそうで。よく我慢されておりましたね」
「先程までは痛くなかったのですよ?ベッドに腰掛けてブーツを脱いだら急に痛くなってしまったのです」
「緊張が解れたのですね。それまでは気を張っていて痛みに気づけなかったのでしょう」
「そういうものなのですか?」
「はい、そういうものです」
クライスはそう言いながら、わたくしのふくらはぎを押したり足首をぐるぐると回したりしています。
「筋や骨は痛めていないようですね。でしたら明日もこちらの村に滞在して、1日休めましょう」
「それではカティアの元に帰るのが遅くなってしまいます。こちらで馬を借りる事も出来るのでしょう?それならば大丈夫です」
「いけません、無理をすれば化膿します。それにカティアさんも仰っていたではないですか、ゲイルさんの村を見てほしいと。村の中を歩くくらいでしたら構いませんから、明日村の方々とお話して、こちらの村を知って帰ればきっとカティアさんも喜びますよ」
カティアに会えるのが1日延びてしまうのは悔しいですが、おばさま達にお料理のお礼をゆっくりと伝えたり、カティアが好きなこの村をゆっくりと見れるのは確かにわたくしも嬉しいです。
「…わかりました。では明日はこの村を見て回りましょう」
そういえば、この村は何と言う名なのでしょう。明日カイルさんに訊いてみましょう。そう考えていると、カチャリと扉が開いてエディが大きな桶を持って帰ってきました。
「水をもらってきましたよ。クライス、あとはやっておくから先に寝てて良いぞ」
「了解。明日は療養で1日こちらに留まることにしたのでそのつもりでいてください。では姫様、ごゆっくりお休みくださいね」
「ええ、クライスも。おやすみなさい」
クライスが部屋を出て行くと、早速エディがタオルと薬を用意して手当てをしてくれました。お薬が少し染みましたが、早く治す為に我慢します。
(小さい足ですね…)
エディの手にすっぽりと収まってしまう自分の小さな足。もう少し身体も心も大きくなったら、マメを作って旅程を崩す事も、ミゲルさんに気持ちばかりが先行したお話をしてしまう事もなく、クライスやエディに守られて引かれるだけではない、きちんと人を導けるような王族になれるのでしょうか。
「はい、出来ましたよ。今は包帯を多めに巻いていますが、明日はもう少し歩きやすいように薄くしますのでご安心ください」
「ありがとう」
「…気落ちされていますね?」
やはりエディにはわかってしまうのですね。
「この旅では自分の至らぬ点ばかり見えてきそうな気がして、少し落ち込んでいます」
エディには隠せる気がしませんので、正直に答えます。
「己の至らぬ点が見えるというのは恥ずべき事ではございませんよ。気付けるからこそ直す事が出来るのです。このマメと同じですね。痛みに気付くのは大事な事です」
「…そうですね、わたくしには、痛い時にこうして側で手当てをしてくれる人がいますものね」
王族だからこそ一人で悩んで塞いでしまってはいけません。それで出た答えは独裁となってしまいます。
「ねぇエディ、わたくしは先程ミゲルさんに、具体的な方法を何一つ思いついていない状態でカティアの事をまかせてくださいと言ってしまいました」
「はい、そのようでしたね」
「でもその気持ちに嘘偽りはないのです」
「はい、存じております」
「だから、一緒に考えてほしいのです。クライスはお父様の命がありますので、もしかしたら板挟みになってしまうかと思うとあまり相談出来ないのです」
「承知いたしました。このエドアルド、主の命でなくともそうしたいと思っております」
エディは胸に手を当てて優しい顔でこちらを見上げます。頭を低くする騎士のお作法とは少し違う、騎士エドアルドとエディお兄様が混ざったようなその振る舞いが大変心強く感じました。
「では姫様、クライスに負けないように頑張りましょう」
わたくし達が何もしなくとも、クライスはお父様の命の元にカティアにとって一番良い結果になるように動いているのかもしれません。エディもその可能性を考えているのでしょう。ですが、それに期待だけして自分は何もしないというのは嫌なのです。大好きなカティアの為に、親切にしてくれたこの村の人達の為に自分も何かしたいのです。
「その為に、明日はたくさんこの村の事を知りましょう。まずはカティアの好きなものをたくさん知るのです」
「承知しました、ではその為に早く休みましょう」
わたくしが新たな目標にこくりと頷いてぐるぐると包帯を巻かれた足をベッドに上げると、エディが優しくお布団をかけてくれました。今日一日、色々な事があって疲れていたのか、ランプの灯りを消されると一瞬で眠りへと落ちてゆきました。
夢の中では、カティアが綺麗なドレスを着て、わたくしと一緒にお庭でお茶をしていました。綺麗に手入れされた庭のお花に囲まれてお菓子を美味しそうに食べてはにかむカティアはとても美しく、お洋服以外は今と何も変わらないのに、まるで貴族のご令嬢のように思えました。




